歩くことを移動手段というだけじゃなくヒトが生きることそのものから考える
私たちは、今いる場所から行きたい場所へと移動するときに、歩くという
運動の中で足を利用していると思っています。
一般的には、二本足だけで歩けることが当たり前なので、足がなぜついて
いるのかということに、考えるような機会は、ほとんどないと思います。

さらに、右足を前に出したら、次は「左足を前に出して」と、頭で考えながら
歩くようなこともありませんね。
ヒトは二本足で歩くようになったことで、手という、自分のカラダ
以外のモノまで、自由につかんだり、動かしたりできる、もっとも
身近で、もっとも細やかな道具を手に入れました。
また、立ちあがったことで、背骨が横向きから、縦に起きあがり、安定して
頭を支えることができたので、他の動物よりも、カラダの体積に比べたら、
大きな脳をもつことができたとも考えられています。
しかし、立ちあがるということは、その分だけ、地球の重力に
逆らうということですから、大きな負担をカラダに背負っても
いるのです。
日ごろから私たちは、わざわざ地球の重力を感じながら、カラダの重さを
意識して動いてはいません。
しかし、カラダそのものは、実は立つ、寝る、歩くといった、全てのカラダの
動きの中で、ずっと、その自身の重さを感じつづけています。
たとえば逆立ちしながら食べものを食べると、その食べものはどうなるで
しょうか。食べものが収まる胃は、普段は、頭より下にあるので、
カラダの中で、食べものは食道を通って、下へ向かって落ちて
いるように感じていると思います。

でも実は逆立ちしても、食べものは頭の上になった胃に向かって、上へと
のぼっていきます。
それは食べものが、日ごろからカラダの中で下へ向けて落ちて
はおらず、下へと、「運ばれている」ことを教えてくれます。
同じように、カラダの中を巡る血液も、胸の心臓の力によって、長い長い
血管中を通ってカラダの隅々まで運ばれています。
しかし残念ながら、全てをひとつなぎにすると地球二周分もの長さになる
血管には、食道のように、通過する血液を自ら運ぶ力はありません。
さすがに心臓ひとつの力だけでは、カラダ中の血流も少しずつ、その勢い
をなくし、地球の重力に従わなければならなくなります。
そこで、場所を移動するためだけではなくて、心臓の動きも助けるために、
歩く運動が必要になってくるのです。

