子どもの命を守る保育士の使命感を行動へと結びつけるための保育園という組織のあり方
- 2011年05月11日
- 保育士の専門性と安全管理
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- 保育園に適した応急手当, 保育園の事故, 救命の連鎖
危険なことは「やら(せ)ない」、病気の子どもは「預からない」が、多くの保育園の危機管理です。それでも毎年、小学校同様に体育、食事・睡眠といった園生活の中で、突然、子どもが死に至ります。
それは職員配置や認可制度といった問題だけなのか考えて下さい。

例えば、昨年、小学校でこのようなことが起こりました。
『小3女児、体育の授業中に倒れ死亡 加須』
8日午前9時ごろ、埼玉県加須市の市立加須南小学校の校庭で、体育の授業で走っていた3年の女子児童(8)が突然倒れ、病院に運ばれたが死亡した(2010/10/8 産経新聞)
このケースの場合、「突然倒れ、病院に運ばれた」間に、
一般的には、近くで指導していたはずの
先生たちが何をしたか、何ができたのか?ということが
救急法をテーマとした場合の注目点ですが、
学校や保育園の場合、上司の判断を待たないと、何も
してはいけない場合も多く、
倒れて通報するまでに、体育の指導教員が、実際に
上司に対して、どのような報告をして、
上司からの指示経路に、どれぐらいの時間を経たか、
その教員の知識やスキル以上に、児童が倒れた
ことを目撃した瞬間に、
指導教員に、すぐに救命活動に移ることのできる権限が
あったのかを、
本当は、素通りせず検証する必要が出てきます。
保育士も教師も、一般市民だからといって、個人で、
一般市民向けの救急法講習を、
意図せずに、命を守る使命感だけで受けると、
いざというときでも、実は『組織の論理』で、個人の
責任の範囲では何もできないことがあります。
命を救う使命感ではなく、組織で救う環境をつくること、
組織を動かす責任感をもって、
救急法スキルを個人でも身につける必要があります。
学校や園内で、組織的な取り組みもない中で、
保育士個人が使命感だけを背負いこんでしまうと、
その保育士ひとりが、
一般市民の枠を越えた大きな負担を抱え込んでしまい、
尻込みをしたり、
責任逃れの行動をとることにもつながります。
そうはならずに、しっかり子どもの命を救うためにも、
保育業務に照らした専門的でシステマチックな救命法を
一緒に学んでほしいと、強く願っています。
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