保育者にとっての救命処置の基礎知識(質疑応答)

2014年3月19日

Q.「子どもの怪我の手当て方法などを知りたいです。
大きな事故が起きたことはありません。でも心肺蘇生なども学んだ方がいいのでしょうか。誰もが受けなくてもいいと思うのですが」

 保育士や幼稚園教諭、家庭的事業者やベビーシッターは、その業務領域から子どもの重大事故に遭遇する可能性が高いといえます。そのことから子どもに対する注意義務が認められていて(事故の発生を予測して結果を回避するために具体的な行動が求められる)、ごく自然な形で社会から高度な蘇生技術を習得していることが期待されています。

2010年に小学校内で児童が死亡した事故では、教職員の、子どもに対する呼吸や脈拍の確認方法が不十分だったとされて業務上過失が問われました。このように一般的な、“家族や街中で倒れている人に手をさしのべる”といった善意にもとづく応急手当に加えて、教職員や保育者は、その仕事に付随する義務に応えられる応急手当を身に付けることが必要です。

保育の応急手当と人工呼吸の必要性について

 応急手当(特に心肺蘇生)は「やらないよりも、やったほうが生存率が上がる」ことが知られて、一般市民の手による積極的な心肺蘇生の実施やAEDの使用が求められています。講習を受けたことがない人も、緊急通報と胸の真ん中を押すことやAEDの使用が可能です。加えて、職務として研修を受けていく保育者は、さらに次の一歩を目指すことが大切です。

一般市民による応急手当が行われた場合の 1 か月後生存率は 2005 年 8.6%、2006 年 10.1%、2007 年 12.2%で、行われなかった場合と比べて、それぞれ約 1.4 倍(2.4 ポイント)、約 1.4 倍(2.9 ポイント)、約 1.5 倍(3.8 ポイント)高くなっている。(別紙 3 及び 3-1 参照)
出典:心肺機能停止傷病者の救命率等の状況(総務省消防庁救急企画室)

「119番をして救急隊が着くまでの間は、感染防止もふくめて胸を押すだけでいい」という指導が一部にあります。これには前提事項があります。基本は救助対象が大人であること。そして子どもだった場合は、目の前で倒れて意識を失ったことが確認できていること。この条件を満たさない場合は、AEDの使用とともに、「30:2」の人工呼吸を行ないましょう。

保育者の人工呼吸と感染防止という選択について

母子感染でB型肝炎に罹患した子どもを元にした保育施設内の集団感染がありましたし、乳幼児の吐き戻しによる窒息事故もあるので、保育者は応急手当で感染防止を考えることは大切です。しかしそもそも人工呼吸で子どもから救助者が感染する確率は低く、医学的にも安全な感染防護具を用いる人工呼吸の習得によって、「やらなくていい」以外の選択肢が生まれます。

保育施設で子どもの命を失う可能性の高い最も身近な事故は、年齢問わず食事による窒息です。うつぶせ寝やプールあそびの溺水事故による呼吸障害でも子どもが亡くなっています。注意義務が課せられた保育者は、最初から行なわない一択ではなく、様々なシチュエーションに対応できる研修を受けて、状況に合わせて選んで実施することが求められています。

保育者が消防署で応急手当を受講するポイント

消防庁の応急手当のプログラムは日本で受講者が最も多く、応急手当の入り口にうってつけです。しかし「上級救命講習」以外は、自治体や地域の消防施設のリソースによって応急手当講習の構成が変化しますので、依頼する際は丸投げせずに、保育施設として目的に沿った講習が受けられるように、自ら要望を出して実施が可能な場合に依頼しましょう。

心肺蘇生は体力も必要です。119番してから救急隊が到着するまで全国平均で8分といわれ、たとえ救急隊員であっても、ひとりきりで最大の力を出し続けられるものではありません。保育施設に看護師や養護教諭が配属していても、だれかひとりが受けたから大丈夫ということは決してありません。ぜひ組織一丸となって誰もが同じように受講しましょう。

安心安全な保育を届ける応急手当の考え方

保育施設で子どもが亡くなっています。心肺蘇生など深刻な事態に対応できる技能の習得が必要です。しかしマネキン相手に「呼びかけへの反応なし、呼吸なし。AED、胸を圧しましょう」と型通りの練習だけをすることで、実際に子どもが倒れても、呼吸ができている意識障害に戸惑う保育者が少なくありません。心肺蘇生だけで満足しないことも大切です。

安全な保育環境はつくることができますが、安心は子どもと保護者に感じてもらうものです。大事なことながら心肺蘇生だけですべての子どもを救えません。子どもの命に関わる重大な事故の発生を抑えて、小さなケガを丁寧に手当てすることで子どもが安心して元気にあそび、その姿を見て保護者の信頼が積み重なって、安心安全な保育が築かれていきます。

保育施設にとっての応急手当のライセンスの価値

Q.「認定証の期限が切れそうですが、切れる前に応急手当を受講した方がいいでしょうか」

 保育の安全を高めるため、応急手当の講習会を保育者が受けているということを、保護者がひと目見て把握できれば保育施設に対する信頼を深めていただけます。認定証の期限が切れないように受講を継続することは大切です。保育者は積極的に安全に努めている証を見ていただいて、保育する姿勢が理解されるように努めることが望ましいでしょう。

応急手当は日本国内の蘇生ガイドラインをもとに、消防庁や赤十字、そして民間団体が目的に応じたプログラムをつくっています。受講者が一番多く身近に受けられるのは消防署ですし、シミュレーションにつよいプログラムもあれば、受講対象に応じて細かにプログラム構成を分けた講習会もありますので、職務に見合う講習プログラムをご検討ください。

認定期限より応急手当の技能の質を大切にしましょう

応急手当のライセンスの期限というのは、基本的に受講履歴を認証する期限をいいます。たとえば期限が2年間であれば、それは「2年間は過去に受講したことの証として再受講を認め、期限を過ぎると新規扱いで講習を受けることになる」といった意味をもっていて、更新プログラムなどを受けられます。講習を提供する側の都合による仕組みといえます。

熱心に受講した人でも数か月すると細部を忘れたり、救急隊でも技能の質が落ちます。一般市民の中で高度な応急手当が求められる保育者も、期限内の受講の継続がわるいわけではありません。しかし人工呼吸など躊躇なく実施できることが望ましく、更新期日にこだわらずに少なくとも一年に一回、できたら半年に一回のペースの受講をおすすめします。

安全とのびやかな保育が両立する安全管理とは

Q.「安全を理由にあれもダメ、これもダメというのが保育でしょうか。
ケガをして学ぶともいうように、少々危険なぐらいの方が、あそびの中で子どもが育つのではないでしょうか」

間違えてはいけないのは、乳幼児のあそびで「危険な状態に子どもの身をおいてケガから学べること」はありません。しかし安全のためだったら子どもに何もさせないということでも、決してありません。たとえば子どもと川遊びをしていて、落ちて水にぬれる程度は問題ないと考えていたら、溺れて亡くなってしまうということがあるのが事故です。

多くの事故は防止可能であり、これによる心停止を未然に防ぐことは重要である。事故は偶発的で避けられないもの(accident)ではなく、防止可能な傷害(injury)ととらえ、不慮の事故による傷害の防止(injury prevention)についての市民啓発が重要である。
出典「JRC 蘇生ガイドライン 2015オンライン版」一般社団法人 日本蘇生協議会

事故を予測して結果を回避する保育のリスクマネジメント

事故が起きてしまってからでは、結果については誰もコントロールができないので、まず、子どもの命が失われるような最悪の事態を想定して、リスクに対する対策を立てた上で、何もさせないのではなく、子どもの主体的な活動として価値がうまれるように、保育方針にてらしてメリットとリスクとのバランスをとることがリスクマネジメントの目的になります。

安全とのびやかな保育は両立します。奪うばかりではないかと悩んだときは、バランスをとるのと一緒に、あそびが目的化していないか振り返ることも大切です。計画したあそびが行えなくとも、保育のねらい(目標)を叶える代替案(手段)が出てくることでしょう。

保育事故の防止と発生時対応のガイドラインについて

保育現場では古くは安全への施策が明確にされることがなく、子どもが不幸にしてアクシデント(偶発的で避けられない事故)でケガを負った場合に対応するといった、漠然とした姿勢が見受けられました。近年、保育所職員による虐待、過失をきっかけとした子どもの死亡事例がある実情が広く認知されて、保育者の安全に対する配慮が職務として求められています。

教育・保育施設等においては保育の安全に関する指針を作成して保育へ反映させるべく、安全対策・危機管理マニュアルを通じて職員間に周知徹底するほか、定期的に研修を受けて専門性を高めることが必要とされています。実施に向けた技能的助言ともいえる「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」の深い理解が大切です。

平成27 年4 月に施行された子ども・子育て支援新制度においては、「特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準」(平成26 年内閣府令第39 号)第32 条第1 項第1 号及び第50 条の規定において、特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業者は、事故が発生した場合の対応等が記載された事故発生防止のための指針を整備することとされています。
これを踏まえ、特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業、さらには認可外保育施設・事業も含め、施設・事業者、地方自治体が、それぞれの実情に応じて体制整備や教育・保育等を実施していくに当たって参考としていくものとして、このガイドラインを作成しました。ガイドラインに書かれている内容は、技術的な助言に相当する

教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン
【事故防止のための取組み】~施設・事業者向け~
【事故発生時の対応】~施設・事業者、地方自治体共通~