平成27年度の「子ども・子育て支援新制度」のスタートに伴って、保育施設が遵守すべき園活動における安全についての規定(平成26年内閣府令第39号)が定められました。
これまで保育の安全性といえば、事故が起きたときの『直接的な加害性や過失性』によって判断されていましたが、今後は定められた安全基準を満たしているか否かで判断されていきます。
とはいえ利用者が保育施設を安心して利用できる、子どもが安心して遊びこむ保育環境をつくる、そのための安全な保育はマニュアルをつくるだけでは実現しません。『リスクマネジメント』をよりよく具現化して保育に取り組むことが望まれます。まずは何をおいても“事故防止”に関するリスクマネジメント(※)におけるリスクとハザードについて整理しましょう。
保育についてのリスクマネジメントは、事故防止以外にも、「保育運営の公共性」全般において取り組む必要があります
事故防止のリスクマネジメント(保育のハザード)について
安全対策の策定にあたっては、まず保育にかかわる「ハザード」の理解が望まれます。ハザードは守るべき対象(たとえば子ども)を基準にした、モノや対象を取り囲む環境の「危険性又は有害性」(事故が発生したときの重篤度)のことを指します。ハザードには『予測ができない隠れた危険』といった定義もありますが(※)“保育所保育”に後者は適しません。
リスクマネジメントは経済学や品質管理、野外活動等の分野や時代によって複数の定義、いくつもの考え方が存在します。
「ハザード」:建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、または作業行動その他業務に起因する危険性又は有害性。
出所:「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」
何事も最初から「予測できる」危険と「予測できない」危険とが明確に分かれていることはありません。保育所保育の職務については安全配慮義務を遵守して対策にとりくむ必要があります。園生活の安全性を高める役回りの保育者にとって『予測できなかった』はあくまでも結果であって、減らすことができるように予知に務めるための考え方が求められます。
生命を脅かす「子どもは怪我から学ぶ」というリスクマネジメントの間違い
保育関係者の間ではハザードへの「予測ができない隠れた危険」との誤解に加えて、リスクのことを「子どもが学べる危険性」だとする考え方も根づよく、事故防止の必要性は理解していても、積極的な対策は怪我をする経験を通じて子ども自身が学べる機会をかえって奪うことになるのでは?と、保育の安全対策について消極的な姿勢が見られることすらあります。
子どもの遊びに内在する危険性が遊びの価値のひとつでもあることから、事故の回避能力を育む危険性あるいは子どもが判断可能な危険性であるリスクと、事故につながる危険性あるいは子どもが判断不可能な危険性であるハザードとに区分する
出所:都市公園における遊具の安全確保に関する指針(国土交通省)
子どもにとって遊びは学びの機会でもあることを否定するわけではありません。
望んだ結果を得られない体験が子どもを成長させることもあります。だからといって“子どもの遊びには怪我がつきもの”、主体性を尊重した保育であっても“怪我するのは仕方がない”との考えは間違っています。怪我をした後悔から子どもに自らの行ないを正させようとする教育の在り方は「体罰」につながり、子どもの人権に配慮すべき保育所保育では不適切といえます。
子どもの最善の利益を考慮し、人権に配慮した保育を行う
出所:保育所保育指針「第5章 職員の資質向上」
保育所保育における“リスク”に計画的に備える
保育者が事故に備えた場合であっても、想定できていなかった何かしらの影響を受けて(リスク※)、思いもしない方向へ物事がすすむことがあります。子どもにとって良い結果が生まれることもあれば、望まない事故につながることがあります。園生活で子どもの不慮の事故を減らすには、危険にまつわるリスクを減らすべく計画的に保育に備える必要があります。
出所:「JIS Q 31000 リスクマネジメント-指針」より
- リスク(risk):目的に対する不確かさの影響
- リスクマネジメント(risk management):リスクについて、組織を指揮統制するための調整された活動
同じ保育室内や敷地内でもすべての子どもに100%マッチした物的環境は存在しません。子どもを中心とした保育の安全対策は、子どもの発育・発達などに関わる特性を基準においた環境づくりが求められます。リスクに備えつつ対象となる子どもを適切に保育者が援助したり、見守ることで危険性などを軽減させて子どもひとりひとりの安全性を高めていくことになります。
保育者が知る子どもの特性をもとに“ハザードおよびリスク”を見極める
室内外をとわず運動あそびをするとき、たとえば4歳・5歳児にとってのびのびと楽しく遊べる環境であっても、そこに無防備に0歳児や1歳児を放り込めば、その0歳児や1歳児にとっては大変危険な環境へと様変わりします。同じ年齢の子ども同士であっても、一人ひとりの身体機能の発育・発達の違いから、個々に危険性が変わってしまうことは想像いただけるでしょう。
ひとりの子どもに限っても同じことがいえます。子どもは、面白さとか好みを理由にあそぶ場合もあれば、純粋な興味のみに突き動かされて時に大人の思いもしない行動をとることがあって、その行動しだいで同じ環境であっても、子どもに対する危険性は常に変化するものです。だからハザードという危険性や有害性を測るには、対象となる子どもの理解が欠かせません。
ハザードに注目して保育の事故防止にヒヤリハットを活用する
保育の安全対策について、子どもに怪我をさせないように遊びを制限するイメージは本意ではありません。しかし怪我とは身体の歴とした損害です。怪我をすることで死亡することもあれば、骨折などによる後遺症で子どもの発育に支障をきたすことがあります。一切、怪我をさせないことが子どもへの最善でもありませんが、怪我をしないに越したことはありません。
『昨日まで怪我をしてないから今日も大丈夫』と思い込んだり、『いつも問題はないから対策は十分(気をつければ何とかなる)』と保育者が決めつけて人的、物的に環境を見直さないことが、子どもの命に関わる深刻な事故の発生につながります。怪我したら改善する、ヒヤリとする出来事があったら検討するではなく、常に保育を客観的な視点で振りかえりましょう。
ヒヤリだけでなく自己評価(保育の振り返り)からリスクに気づく
見守る保育者が子どもの姿にヒヤリとしたりハッとするなど“驚くこと”があったら、一般的にヒヤリハットとして報告するように求めています。間違ってはいませんが、それだけでは例えば通園バスの置き去り事故や保育中の行方不明といった深刻な事故(※)は防げませんし、残念ながら永らくヒヤリハット関連の対策が進展していない保育現場も少なくありません。
置き去りや行方不明は重大な業務過失です。行方不明は結果について一切コントロールできない大変危険な事態に陥ります。発生ゼロを目指さなければなりません。
保育の安全対策では保育者が驚くか否かは関係ありません。保育におけるハザードは、そのシチュエーションだったりヒューマンファクター(人的要因)の影響をつよく受けることで常に変化します。問題らしい問題がなさそうな日常にも、保育を振りかえる過程でリスクを評価して、子どもにとっての危険につながるハザードに早期に気づくことが望まれます。
保育士等は、自己評価における自らの保育実践の振り返りや職員相互の話し合い等を通じて、専門性の向上及び保育の質の向上のための課題を明確にするとともに、保育所全体の保育の内容に関する認識を深めること
出所:保育所保育指針 第一章 総則「3.保育の計画及び評価」
保育理念はリスクマネジメントに照らして具体性をもたせる
保育のリスクを正しく評価するには、保育理念も日ごろからリスクマネジメントに照らして具体性をもって考えておく必要があります。例えば、ある保育所で子どもの所在を見失うことがあり、目を離さないよう担任が注意するほか、職員全体で声をかけあうといった約束事も決めましたが、園庭でひとりきりの1歳児が意識不明で発見される事故が再び発生しました。
その保育所では子どもの個別の意思を尊重する保育方針を掲げ、日ごろから年齢問わず、タイミングを問わず自由に子どもが部屋を出入りしていました。実際にはひとりひとりの行動を追いきれず複数回子どもの姿を見失ったにも関わらず、保育方針の解釈は職員個々に任せたまま、子どもの姿を見失った職員の個人的反省による防止策は思うようにいきませんでした。
頑張って方針に従うのではなくリスクをふまえて方針を具現化する
“保育方針に従って年齢問わず子どもを自由に振舞わせる”と考えながら、同時に見失ってもいけないとなったら、“頑張る・気をつける”と言うしかなくなります。結果として事故が再発するたび方針を掲げたまま方針を否定する(反動で闇雲に活動を制限する)。同じような考え違いから、“禁止!禁止!”で保育ができなくなると思い悩む保育施設が少なくありません。
園生活の様々な場面で、発育・発達の異なる子どもが活動すれば、子どもにとっての危険にまつわるリスクも生まれます。保育方針や保育理念とは目標(ねらい)の方向性を示すもの。目標で示した子どもの姿を、どのように援助して未来にむけて具現化していくかを管理職が示すとともに、職員が共通理解をもって組織的に取り組む仕組みづくりが望まれます。
リスクを回避、転嫁、軽減、受容して保育を安全にする
平成26年内閣府令第39号では安全管理マニュアルの作成を規定しています(平成5年度からは安全計画の策定も義務化)。管理マニュアルというだけに保育体制や割り当てた役割りの手順を記すだけでなく、保育のリスクについて、どのように管理しようとしているか見えることが大切で、行動選択が迫られた場合に、個人の判断より原則記載事項が優先されます。
計画とは大きく「予定表」と「段取り表」とに分けられます。主体性を尊重する保育にあっては、ざっくりとした方向性(子どもの発育を見越した予定)を示した年カリと、子どもに対する援助を想定した段取りを計る“計画書”の両方ともが必要です。子どもにとってのリスクに対する対策が、どれだけ寄り添えたものだったかを見直す機会もセットで考えましょう。