保育者は、安全な保育のためにどのような専門技能を習得したらいいのでしょうか。保育事故の訴訟報道には必ず「注意義務」という言葉が出てきます。福祉の保育もサービスの保育も仕事として契約した時点で注意義務や安全配慮義務が伴います。子どもの危機を予知して具体的な回避策を講じるとともに、防ぎきれなかった事故に対する対応が求められています。
保育の職務に応えられる技能習得が望ましいですが、消防署の普通救命講習の受講だけで、保育の仕事の安全配慮といった専門性を満たすことは難しそうです。保育を仕事にする上で習得しておきたい、保育者が保育現場で求められる応急処置を、7つご紹介します。
乳幼児の一次救命処置PBLSを知る
世間では、大人が心停止だった場合の心肺蘇生方法のみが、一般的な(傷病者が誰であっても同じ手順をふむ意味)応急処置として広がりをみせています。しかし多くのケースにおいて、大人と子どもとでは不慮の事故における心肺停止に至る過程が異なります。
日常的に子どもと接し続けている、保育を仕事とする皆さんは、子どもの事故の背景を知り、子どもが心肺停止に至る状態に合った形の心肺蘇生方法を学ぶことが望ましいと、蘇生ガイドラインでも示されています。保育の専門性がここでも問われています。
蘇生ガイドラインに基づいて深刻な事故に備える
どのように気を付けていても事故は起こります。命に関わる深刻な事態に陥るかもしれません。たとえ重大な事故であっても、うろたえることなく動くために、応急処置の全てで心肺蘇生法(特に人工呼吸)の訓練が一緒に行なわれることが望ましいといえます。
応急処置は蘇生科学に基づいているので、悪化を抑制するためにも蘇生ガイドラインに基づいた行為であることが大切です。保育中の様々な場面に合わせて、なぜそのような行動が必要とされるのかを理解することが、深刻な事故の予防にもつながります。
呼吸機能の悪化から子どもの脳を守ることがカギ
交通事故を除けば、保育園や幼稚園に限らず子どもは溺水や誤嚥といった呼吸ができなくなる事故が多いことが知られています。そういった呼吸ができなくなる事故は、子どもの脳が必要とする酸素が失われることで脳にとって大きなダメージを残します。
子どもの命に関わるような深刻な事故に対する応急処置は、倒れている子どもの胸を押すことがゴールではなく、子どもの脳へのダメージを最小限に留めることが最大の目的です。子どもの脳が、今どうなっているかを意識できることが大きな効果を生みます。
人工呼吸は保育者の職務上の基本スキルとして習得する
この子どもの脳の状態の悪化を軽減するためにも、迅速かつ子どもの体に適当な人工呼吸ができるようになることが求められます。(保育者は職務上、対応義務が課せられており、子ども特有の事故状況から園児と保育を守るために必要な行為が人工呼吸です)
1.人工呼吸を開始するタイミング
・子どもは呼吸が悪くなって心停止になることが多いため、胸骨圧迫を 30 回完了するのを待たずに、できるだけ早く人工呼吸を2回行う。(BLS では、30 回の胸骨圧迫が「完了するのを待って」から2回の人工呼吸を行う。)
※資料)厚生労働省医政局指導課長各都道府県衛生主管部(局)長宛通知「AED の使用方法を含む、救急蘇生法の指針 2010(市民用)のとりまとめについて」医政指発 1031 第1号
事故にあった子どもに対する人工呼吸は、「とりあえず知識として知っている」から、『保育の仕事の専門性のひとつとして行なえる』ことが大切です。次項以降のシチュエーションごとの救命講習と一緒に一次救命処置PBLSを学んでみてはいかがでしょうか。
給食時間の窒息事故の対応
「保育園で子どもの命を奪っているできごとの多くは、誤嚥(食べ物、物)、溺水、窒息(ふとん類、ヒモ、遊具のすき間など)」といった息ができなくなる状況での事故ばかりですが、保育現場であっても、意外に子どもの窒息事故の対応方法は知られていません。
●「息ができなくなるできごと」のヒヤリハットが最重要
1)「息ができなくなるできごと」によって起こりうる最悪の結果は、常にきわめて深刻です。息ができない状態が続いた時、軽症や中等度症に終わることはありません。
出典:保育所におけるリスク・マネジメント ヒヤリハット/傷害/発症事例報告書(兵庫県・公益社団法人兵庫県保育協会、監修 掛札逸美)
保育の経験年数を問わず多くの保育士が、子どもが食べ物ではないものを口に入れている場面を見たり、給食を食べていたら子どもがえづいたり、軽くノドに食べ物を詰まらせて、苦しそうに咳き込む姿を見たことがあると言うほど、子どもの生活では日常的なことです。
保育現場は窒息事故の予防が限定されている
しかし保育現場は給食時間の窒息事故に対する備えが十分であると言えません。窒息のリスクに対して注目はされていますし、何も手を打っていないわけではありませんが、教育的意義が優先されるあまりに回避策が限定されてしまっていることが挙げられます。
食べ物がノドにつまったり、玩具を口に入れる出来事について言えば、不潔さやお行儀の悪さを原因とした子ども本人への躾けや安全教育といった、子ども自身に解決を求める対応が目立っています。しかし、それだけでは子どもの命を守ることはできません。
保育中の誤嚥と窒息した子どもへの処置
保育対象の子どもが安全と危険の境目を自分たちで理解し、いつも自分で自分の行動を都合よく制御できるなどとは、実は保育者の誰もが思っていないし、全ての子どもが同一に、そんな「聞き分けのいい子」になることなど保育の本質ではないはずです。
消防署や赤十字開催もふくめて、多くの救急救命講習で心肺蘇生の普及プログラムと一緒に、窒息の解除方法の解説がセットになっていますが、参加者がひと通り心肺蘇生を実施することに多くの時間が割かれていて、残念ながら十分な訓練は行なわれていません。
食べる時間がある限り窒息事故のリスクはついて回る
子どもの転倒・転落、そして小さなすり傷・切り傷や骨折に目が向きやすいものの、毎年、子どもの命が失われているのは窒息や溺水といった息ができない事故によるものが大半です。目に見える事故としての数は少ないものの、毎日の保育の中で、いつ最悪の結果が訪れてもおかしくない形で、食事どきを中心に窒息事故の未遂が繰り返されていることも判っています。
毎日の保育の中から、食事の時間がなくなることはありません。特別な食べ物で窒息をしているわけでもありません。子どもたちが当たり前に食事をする限り、常に窒息のリスクはついて回ります。あらためて窒息事故の対応方法について学んでくださることを願っています。
午睡時の見守り方とSIDSの理解
乳幼児突然死症候群(Sudden Infant Death Syndrome)通称「SIDS」とは、「元気に育っていた赤ちゃんが、事故や窒息ではなく、眠っている間に突然死亡する病気(厚労省「SIDSとは」)」だという認識を、あらためて持っていただきたいと思います。
乳幼児突然死症候群とは、赤ちゃんのカラダのどこに原因があって、その発症の仕組みも未だに解明されていない病気です。しかし、乳幼児突然死症候群は保育現場においても睡眠中だけに起きていて、その睡眠中に乳児が亡くなる工程は、ほぼ判明してきています。だからこそお昼寝を見守る保育士にとって、乳幼児突然死症候群で亡くなる工程の理解は欠かせません。
最大のSIDS予防は無呼吸をつくりださないこと
赤ちゃんから高齢者まで、それがたとえ健康な人であっても、誰もが眠りが深い時間帯に無呼吸に陥ることが判っています。その無呼吸状態から脱するための脳からの指示が止まって、無呼吸のまま乳児が死に至るというのが乳幼児突然死症候群だと考えられています。
このように、乳幼児突然死症候群が無呼吸になって引き起こされるという理屈をもってすれば、もし乳幼児突然死症候群の原因となる何かをもって生まれた赤ちゃんであっても、守り手である保育者によって睡眠中の無呼吸が回避される対策が施されていれば、乳幼児突然死症候群で、その赤ちゃんが亡くなる可能性は限りなく減少すると考えることができます。
3歳未満児保育の午睡時間の見守り体勢をつくる
日本では乳幼児突然死症候群とうつぶせ寝による窒息事故とともに、3歳未満の子どもの突然死が発生していることから、「0歳は5分間隔、3歳未満児は10分間隔の見回りによる呼吸停止の早期発見」と「カラダに触れることによる無呼吸の削減」、そして「うつぶせ寝に寝返った際の体位変換」の3つがお昼寝時間の見守りの目的と役割りとされています。
乳幼児突然死症候群の対応は、3歳未満児の保育環境に適した午睡時間の見守り体勢をつくることにつながります。これまで同様、子どもたちの心地よい睡眠を促しながら、乳幼児突然死症候群の発症予防および窒息事故防止にも努めていただけることを願っています。
プール遊びと溺水の救助方法
毎年のように幼稚園や保育園、または小学校でプールあそび(指導)中の死亡事故が起きています。さらに保育現場での溺水事故は、プールだけに限ったことではなく、トイレの手洗い場だったり、園外保育を含めればお風呂や川といった、あらゆる場所で起きています。
保育現場の溺水事故に共通しているのは、「手が届くほど子どもの近くに居ながらも気づかなかった」、「見守りの担当者が子どもを見る以外の作業を行なっていた」、そして「近くに居ても気づかないほど、子どもが静かに溺れていた」ことなどです。
子どもの溺水事故の特有のリスクに備える
家庭用プールでは、10センチ程度、組み立て式のプールで20センチ前後と、一般には深くはない水深で溺れたり、泳げたはずの子どもが溺れたというケースもあります。保育者の「溺れる状況にない」という思い込みが招いた事故とも考えられています。
プール遊びを先導する保育者以外に、全体を見渡す監視役の配置が望ましいですが、まずは水の深さや保育内容に関わらず、子どもが水に入る限り事故が起きるリスクを認識して備えることが大切です。また、事故の対処方法も溺水の窒息に備える必要があります。
プールあそびの環境に合わせて溺水事故に備える
食べ物が詰まった窒息と、溺水による窒息ともに、「呼吸が阻害されることによって血中酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇して、脳などの内臓組織に機能障害を起こした状態」(出典:日本気管食道科学会)になりますが、事故後の対応は異なります。
保育現場で子どもが溺れる事故が起きると、救出時に「背中を叩いた」という報告が数多く見受けられます。「窒息事故には背中を叩く」対応方法が形ばかりのものとして伝わっている結果ですが、溺水事故で背中を叩く行為は全くの時間の無駄といえます。
プール遊びは非日常と考えてプール開き前はシミュレーションを
溺れたばかりのところで助けることはできて、意識が朦朧としていて水を吐き戻そうとしているなら、回復体位などするこもなく、保育者が普通に支えて吐きやすい体勢にして、吐けるだけ吐かせてあげればいいですし、力を加えて吐かせる必要はありません。
まして気付いたときには浮いていたといった場合、一分一秒を争い、緊急通報と、人工呼吸を中心とした心肺蘇生法の実施が望まれます。プールあそびは毎年行なっていたとしても、常に非日常の行為と考えていただきたいと思います。応急処置方法の習得だけでなく、プール開き前には溺水事故に備えた、シミュレーションの実施をおすすめいたします。
食物アレルギーの対応とエピペン
乳幼児期の食物アレルギー対応が保育施設で問題となっています。アレルギーの発症児童はますます増えると考えられていて、重症度の高いアナフィラキシーを発症したときの備えとして、保育所職員が自己注射器「エピペン®」の取り扱い方を学ぶ研修が盛んになっていますが、同時に誤配膳を原因とした誤食事故に対する再発防止策の早急な実施が望まれています。
問題点は「配膳をどうやって間違えないようにするか」だけではありません。誤食事故の多くは給食の提供時に起きています。給食は栄養士や調理員が少しでも栄養価が高い食事となるように、保育者は子どもが好き嫌いをなくし、たのしい食事となるようにと、複数の専門家がそれぞれの立場で取り組んでいるので、その専門家同士の連携が最も重要なポイントです。
アレルギー反応の発症リスクをスタンダードと考えた体制づくり
成長著しい乳幼児に栄養価の高い食事を提供したり、同時に食文化を伝えることは、とても大切です。しかしアレルギー児に対する細やかな代替食が必要になる分、配膳方法も複雑化していきます。ひとつの方法として三大アレルゲンを除いた「なかよし給食」があるように、アレルギー反応の発症リスクをスタンダードと考えた保育の検討も必要となってきています。
保護者からの聞き取りは施設長がやって、献立や調理作業は栄養士と調理員の仕事で、間違えずに配膳してたのしい給食時間をつくりだすのが保育者の仕事というように、その専門性や役割りが壁となっていては解決にいたる道は険しいものとなります。献立づくりや配膳の回避策から、発症時のエピペン注射にいたるまで一体となったアレルギー対応が求められます。
アレルギー反応の発症時はエピペンだけで終わらない
自己注射器「エピペン」はアレルギー反応を治すものではなくて、アナフィラキシー症状を一時的に抑えるためのものです。症状が緩和するまでに時間がかかることもあれば、一旦効いても症状が再発したり、効果が小さくて症状が悪化することもあります。エピペンを打つ場合も早期の通報と、いつでも人工呼吸をふくむ心肺蘇生の実施ができる体制づくりが必要です。
これまでの保育現場では、アレルギー反応を発症する子どもが出たら対応し、エピペンを処方される子どもが増えるとともに、エピペンの預かりと優先的な実施をつよく求められたことで場当たり的な対応をしてきた面も少なくありません。子どもの利益を最優先とした、保育におけるアレルギー対応の専門性をもって保育を実践していただけることを願っています。
ケガの手当てと緊急性の判断
保育現場では冷却ジェルシートを、発熱や火傷、発疹や打撲など様々に使用する応急手当として望ましくない習慣が広く残っています。鼻血が止まらない子どもの体質を疑っていたら、止血圧迫の処置方法を知らずに、昔のままに子どもの顔を上に向かせてテティッシュを小鼻に突っ込んでは処置を嫌がる子どもに振り回されて困り果てている姿も珍しくありません。
ほかにも重傷な骨折や子どもが転倒や転落した際の脳震盪を見逃すケースもたくさんあります。正しい応急手当を習得することは、目に見えにくい子どものケガを発見しやすくするとともに、重篤化することを防いで回復を早めることになるので、子どもが元気にあそびに復帰することができて、子どものこころの成長や生活の質の向上につながることが期待できます。
保護者の「見えていないところでケガする不安」に応える
保育者の職務として、子どもの命が失われたり後遺症が残るような大きなケガをする重大事故を減らすことや、業務上過失が疑われる形で子どもに損害を与える事態等をなくすことが求められます。保育の中で子どもがケガをしたり、体調を崩したりは日常茶飯事です。重大事故を減らす環境として、まず日常的なケガを悪化させない応急手当の習得をお願いします。
またケガの大小にかかわらず、ケガをしたことをきっかけに保護者とトラブルに陥るケースも増えています。子どもの応急手当は見た目のケガの処置ができれば終わりというだけでなく、損害の大きさを自分から表現できない子どもに代わって、痛みの理解に努めるとともに、子どもの保護者の「見えていないところでケガする不安」に応えることも求められています。
骨折、脱臼や脳震とうの見落としを減らす緊急性の判断
教育・保育施設等における事故報告集計表(2016)によると「負傷等」469件のうち、骨折が368件(78%)ありました。報告内容を記した特定教育・保育施設等における事故情報データベースを見ると、その骨折や脱臼を保育者が見落としたケースの報告が散見されていて、傷害の程度をうまく表現できない子どもの緊急性を代わりに見つける技能が求められます。
どれだけ安全に配慮をしていても乳幼児は日常的にケガするものです。また骨折などの大きなケガも防ぎきれないこともあります。子どもがケガをすることがあっても痛みを乗り越えて元気にあそびつづけるためには、保育者が子どものケガの緊急性を見落とさず、悪化を防ぐ正しい応急手当の取得が不可欠です。保育の専門性のひとつとして研修を受講しましょう。
安全・たのしく豊かな保育を実践する危機管理の考え方
「子どもにケガをさせてはいけない」と保育者が委縮しながら保育をする現場がありました。反対に「保育で子どもがケガをするのは当たり前、経験によって学ぶのだから教育を阻害するような安全は考える必要はない」といった声も聞こえてきます。複雑化する保育の新たな局面を迎えて、これまで以上に養護と子どもの最善の利益とのバランスが求められます。
1 保育所保育に関する基本原則
⑴ 保育所の役割
ア 保育所は、児童福祉法(昭和22年法律第164号)第39条の規定に基づき、保育を必要とする子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。
保育所保育指針(平成30年4月1日より適用)
保育所保育指針の「2 養護に関する基本的事項 (2) 養護に関わるねらい及び内容」において、生命の保持のねらいとして「一人一人の子どもが、健康で安全に過ごせるようにする」、「一人一人の子どもの生理的欲求が、十分に満たされるようにする」とあるように、安全な保育環境をつくるとともに子どもにとって豊かな保育を実践することが定められています。
保育の危機管理はシステマチックに評価・改善する
事故とは「人智を尽くしても、なおかつ避けられない事故(Accident)」と、「本人が意図しない外的な要因によって身体的に悪影響を及ぼす、対策することで避けられる事故(Injury)」とがあります。アクシデントについては損害が小さくなるように処理するとともに、対策すれば避けられるインジャリーは、回避策を保育現場で仕組化することが求められています。
保育の事故に対する安全対策や危機管理は、不確かな個人によって重みの異なる保育者の使命感といったもので子どもの命を背負いこみながら行なうものではありません。保育者としての専門的知識と、質の高いスキルの習得にもとづく保育実践と並んで、すべての職員が組織一丸となって取り組みながら、常にシステマチックに評価・改善する仕組みづくりをしましょう。
保育の見守り方と子どもへの寄り添い方
重大事故の報告書には、「常に目を離さないように努力する」・「必ずそばにいられるように職員配置を工夫する」といった改善策が並びます。工夫すること、目を離さないように心がけることは大切ですが、まず思いがけないシチュエーションで発生する事故に対して『目が離れている状況』でも事故発生を抑止できるような回避策も同時に実施することが求められます。
また大きな事故の前には、ケガはしていないけど、保育者が危ないと感じていながら話題にされることなく放置されてきた経緯があったり、保育者の個人的な資質のみで工夫して乗り切ろうと考えながら、結局のところ改善しきれずに大きな事故に至ったケースが散見されます。