本格的なプール開きにあたって、プールで溺水事故が発生したときの救命処置についてお届けします。保育施設のプールあそびについては、まず溺水事故の発生そのものを予防するべく回避策を盛り込んだ計画と実施が望ましいですが、実施する以上、事故が発生する可能性はゼロにはならないので、発生時対応の心得と準備を行なっていくことも忘れてはなりません。
今回はイメージしやすいように、NPO法人Love & safetyおおむらが作成した動画(本編は巻末)を許可をいただいて掲載します。動画の内容を切り取って解説するとともに、動画にある「発見時に子どもはうつ伏せ(顔が沈水状態)だった」場合を考慮した初期対応の手順について詳しくお伝えします。集団保育の注意点と子どもの溺水の特徴に注目してお役立てください。
プール事故事例から監視者の大切さについて振り返る
平成23年7月、保育施設内の屋内プールであそんだあと、担当教諭はプールに入ったままプールサイドで機材を片付けていたところ、うつ伏せに浮いている被害児が発見される。昭和58年8月、保育施設内の屋内プールで水泳指導を行なっている中、担当教諭のひとりが泣いていた子どもとともに持ち場を離れたところ、うつ伏せに浮いている被害児が発見される。
平成28年7月、保育施設内の屋内プールで水遊びをはじめた約10分後に、うつぶせに溺れた被害児が発見されるというように、子どもたちの近くにいたり、5歳・6歳といった年長児であったり、「5分、10分前には元気な姿を見た」状況でも保育者に気づかれることなく子どもが溺れており、保育者の死角に入った子どもに対する『監視』の役回りが見直されています。
プールで「うつぶせに浮いていた」は最大級の危機的状況
浅い水かさのプールであっても、子どもがうつぶせで溺れた状態で発見された事故が複数報告されています。小さな体でも容易に溺水を回避できそうな水深で、顔が水に沈んだ状態にあるのは、咽頭痙攣(ノドのケイレン)で呼吸ができない状況にあって、体が硬直している(すでに失神している)可能性を伺わせます。溺れた子どもにとって最大級の危機的状況です。
救助においては、周りの子どもにぶつかることのないように配慮しながら、また救助者自身がプール内で足を滑らせたり、慌てることで足をもつれさせて子どもと一緒に地面に倒れこむようなことのないように、十分に注意を払いながら兎にも角にも子どもをプールの外へと担ぎ出すことが必要です。プールに駆け込む前に自らの安全確認を忘れずに行ないましょう。
プール事故の集団保育における二次災害を予防する
動画は当初、子ども(たち)に対して水慣れをさせるために水かけをしている様子が映し出されます。ロールプレイの中で保育者の姿は見えなくなりますが、子どもが溺れた瞬間も画面手前では、子どもたちと一緒に遊んでいる姿が想像されます。その複数の子どもたちに隠れるようにして溺れた子どもに気づいた「監視役の保育者」がプールの中へ駆け込んできます。
(大変です、プールで子どもが溺れています)との状況説明のあと、「大丈夫?」と声をかけながら子どもを水から抱き上げる姿に、きっとプール内外の保育者も溺れた子どもの存在に気づいたことと思いますが、監視者としては全体に対する次の行動も見すえて、溺れた子どもではなく、周りの保育者に対して明確な注意を呼びかける声がけが望ましいように思います。
プール内外の子ども全体の安全確保と緊急通報を呼びかける
動画では救命処置の基本に忠実に、子どもの肩を叩きながら「大丈夫?」と呼びかけて、反応がないことを確認した上で、緊急通報とAEDの手配を行なっています。119番通報をするための判断基準として、この「呼びかけに対する反応のある・なし」はとても大切な行為です。呼びかけに対して反応ができないような「異常な状態」を見てとって救急車を要請します。
このような根拠にのっとった行動が望ましいです。また「うつ伏せだった」ことから、呼びかけるまでもなく危機的状況だと判断しても間違いではないでしょう。同時に、二次災害で事態がさらに大きくなることを防ぐことを考えて、溺れた子どもをプールの外へ出したら即座に、あらためて全体の子どもの安全確保を指示するとともに通報手配する手順もいいと思います。
曖昧な呼吸確認はやめて「胸とお腹」で呼吸を見てとる
「監視役は見落とすことのないようにベテランの保育者がやった方がいいですか?」といった質問を受けます。監視担当者は子どもひとりひとりが危機的状況に陥るところを見逃さないように、けっして曖昧にすることなく、たとえ点呼を休みなく繰り返してでも子どもの姿を追い続ける作業を徹底します。そのために保育を止める権限を明確に付与することも必要です。
子どもが溺れたかどうか監視担当者の見立てが曖昧だったとしても、見間違った可能性に遠慮して声をかけられないことは避けなければなりません。また保育の中心となって子どもと関われない役回りも、「保育以外の雑事を押し付けられた」のではなくて、プールあそびにおいて決して欠かすことのできない大切な仕事(保育)だと、全体で認識を深めあってください。
はっきりと、そして安定して胸とお腹が動いていれば呼吸あり
動画では明確に呼吸確認を行なう様子はないものの、水着を脱がせながら呼吸確認を行なっているとも考えることができます。呼吸確認は大切なことなので、ながら作業でなくても構いません。「音(声)が聴こえた」、「息を肌で感じられた」といって、生きていると処置を行なわなかったり、胸を押すことをためらったりした結果、命が失われたケースがあります。
呼吸が止まってしまっても、直後には体内にたまったガスが口から漏れ出すことがあります。口からの息や音を感じ取っても、残念ながら必ず呼吸をしていることにはなりません。乳幼児は腹式呼吸がつよい時期なので、特にお腹や脇腹が誰が見ても、はっきりと動いていると見てとれることが呼吸をしている証になります。迷ったら躊躇せずに胸を押しはじめましょう。
保育者にとってプール事故は人工呼吸の実施が必須
ここで、心肺蘇生を行なう様子を動画で見てみましょう。ためらうことなく胸を押しはじめ、とても力強く押している様子が判ります。胸は乳児も幼児も共通して、胸の厚みの少なくとも3分の1の深さまで、テンポよく押し続けることが重要です。そして子どもの救助においては保育者の職務として研修を受けて人工呼吸ができることが望ましいとされています。
上記の動画は、AEDのショックボタンを押したところで終わっています。当たり前のように思うかもしれませんが、保育者は子どもの発育を知る専門家として、「AEDのショックボタンを押すことのない」状況と、その対応について知っておくことも大切です。決してAEDだけで子どもを救えるわけではないので、知識と技能が偏ることのないような習得をお願いします。
プール事故で「AEDのショックボタンを押すことのない」状況
幼稚園や認可保育園では、AEDの設置が急速に進んでいます。しかし事故が起きないことを理由に職員室内に設置されたとき以来、職員の誰にも触れられたことがないAEDもたくさん存在します。プールから離れたところにあって、取りに行く時間をかけることはAEDがある価値を下げることにもなります。AEDはプールあそびを行なうときに近くに準備してください。
呼吸を確認して「呼吸がない」と判断したらAEDを使用します。
子どもがプールで溺れた事故では、咽頭痙攣などによる窒息で重篤化することが多く、AEDが有効な「心室細動(※引用参照)」の発症は少ないと考えられます。AEDの使用を開始しても不適応になる(動画本編 3分37秒でAEDが2回目の解析を行ない「ショックは不要です」とアナウンスが流れる。これが1回目の解析から訪れる)状況も心得ておくことが大切です。
「心室細動とはどんな不整脈ですか?」(公益財団法人日本心臓財団)
不整脈の中でも、とくに心臓の血液を全身に送り出す場所(心室)がブルブル震えて(細動)、血液を送り出せなくなった状態(心停止状態)を心室細動とよびます。この心室細動が起こると、脳や腎臓、肝臓など重要な臓器にも血液が行かなくなり、やがて心臓が完全に停止して死亡してしまう、とても危険な状態です。心臓が原因の突然死の多くは、この心室細動を起こしています。
安全対策のもとにたのしいプール計画の実施をお願いします
心肺蘇生の「二人法」とは、ひとりで心肺蘇生を行なう負担を軽減して効率性を高めて、その分、子どもに必要な人工呼吸の機会を増やして回復を早めるための方法です。一般にひとりで心肺蘇生を行なう場合は「胸を圧迫30回、人工呼吸2回」がワンセットに対して、動画のように二人で行なう場合は「胸を圧迫15回、人工呼吸2回」がワンセットでくり返されます。
分担をすることで処置中の交代がしやすくなり、救急車が到着するまでの間の時間を途切れることなく続けられるメリットがあります。ひとりの子どもの救命処置に複数の保育者がかかりっきりになれば、それだけほかの子どもに対する保育が手薄になることも考えられます。まずは基本となるひとり法を誰もがしっかり行なえるようになっていただきたいと思います。
NPO法人「Love & safetyおおむら」が作成した動画本編をシェアします。プール事故の対応方法について誰の目から見ても判りやすい動画をつくってくださったことに、とても感謝しています。ありがとうございました。救助シーンとして、もっとよくするための改善点を考えたくなるほど、しっかりしたつくりだと感じたことで、今回の記事の公開につながりました。
NPO法人Love & safety おおむら
http://www.love-safety.jp/
今年のプールあそびの実施に向けて本動画の閲覧数がのびて、プールを行なう際の保育体制づくりの参考にしながら、実際に見なおしたり改善してくださる保育者や保育施設が増えることを願っています。過去、保育現場のプールあそび(指導)で重大事故が連続して発生しています。今年以降、保育の専門性をもってプール事故を減らしましょう。よろしくお願いいたします。