さいたま市保育園のプール死亡事故報告書を読み解いて安全なプール開きを実施しよう

2018年6月24日

 猛暑が予想される今夏。梅雨明けとともに水あそびやプール開きを考えている保育施設も多いことでしょう。同時に水あそびの規模やプールの大きさに照らして一律に安全対策を求められても困ると感じている現場の声もお聞きします。しかしプール開きにあたっては「私たちは大丈夫だから」ではなくて、客観的に大丈夫と検証できるように備えることが大切です。

2017年8月に発生したプール死亡事故の「監視の目を離さない、水面から目を離さないことを徹底していたが穴があった」(園長談)という穴とは何だったのか、すべての保育施設で子どもたちがたのしめるプールが開かれることを願って、さいたま市社会福祉審議会から公表された報告書を読み解きます。

プール開きの安全対策について事例から学んでいきましょう。

前年・前々年のプール事故の反省が生かされなかった

3 事例の概要
平成29年8月24日、A園の3歳児クラスに通う本児が、午後のプール活動実施中に浮いているのが見つかり、意識不明・心肺停止の状態であったため、心臓マッサージ、人工呼吸、AEDを使用した救命措置を行ったところ、心拍及び自発呼吸を再開したが意識が戻らないため救急搬送された。しかし、救急搬送先の病院にて翌日未明に死亡した事例である。

 事故発生当初は、監視カメラがプール活動の様子を写していたと複数の報道機関の報告があったため、検証が始まれば詳細が判明するものと思われましたが、時系列に状況の記載はあるものの「監視の穴」が本当に1分間のみだったのかを確認するために必要な、担当保育者が実際にどこまで子どもを見守ることができていたのかという前後の様子については報告書から読み取ることができません。

しかし報道では判らなかったプールの形状の報告は驚くものでした。

大きさ縦6m×横4.7m
縁の高さ 約60cm~90cm
水 深24cm~66cm(西側浅い、東側深い)
(水深約55cmの所で本児が浮いているのを発見)

一番浅い場所は24センチながら、そこから傾斜があって最大66センチの水深があったといいます。2015年には21センチの水深のプールで子どもが溺れました。つづいて2016年、60センチの水深で事故が発生。
「プール締めの週であったため、園児がより楽しめるよう、いつもよりプールの水位を上げていた」とのことですが、続けて発生したプール事故の事例がほぼ行かされることなく、さらに危険性が上がった保育環境で事故が発生してしまったことが残念でなりません。

子どもの特性に合わせたプール環境の準備をすることが大切

この40センチ差を生んだ傾斜角が実際のところどのようなものかは判りません。プールに手すりはなく、滑り止め処置としてキャンプ用マットが敷き詰められていたそうですが、ブルーシートの下とのことなので、滑り止めといっても傾斜に対してブルーシートがずれないようにするためだったと思われます。水中の子どもの素足にブルーシートがどのような影響を与えたのか、子どもにとって小さくない凹凸もあっただろう傾斜に足がとられる危険性は小さくないはずです

保護者と共同で作成することが恒例行事になっていたそうなので、10年間積み重ねてきたプールづくりの知恵の継承とともに関係性を深め合うことに一役買ってきたことでしょう。とても広いプールに入ることで子どもたちにとっても大きな喜びや体験を生み出したことも理解できます。しかし保育指針にある「子どもの生命の保持と安全の確保」が損なわれては本末転倒です。子どもの主体的な活動を大切にしつつも子どもの特性に合わせた環境づくりの配慮が必要でした。

他サイトの参考記事:さいたま市緑区の保育所プール事故へのさいたま市報告書への疑問点
https://kodomonoanzen.jp/category/prevention/water/

保育所保育指針
1 保育所保育に関する基本原則
入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。
第3章 健康及び安全
保育所保育において、子どもの健康及び安全の確保は、子どもの生命の保持と健やかな生活の基本であり、一人一人の子どもの健康の保持及び増進並びに安全の確保とともに、保育所全体における健康及び安全の確保に努めることが重要

異年齢児合同のプール利用の危険性と原則禁止の提言

【課題3】異年齢児合同のプール利用
経常的にA園では、午前中のプールは年齢ごとで行っていたが、午後のプール実施においては、3歳、4歳と、異なる年齢の園児が同時に同一のプールを利用していた。さらに、事故当日においては、3歳児、4歳児に5歳児と、異なる3つの年齢の園児が同時に同一のプールを利用していた。また、事故発生時においては、3歳児6人(本児含む)、4歳児5人、5歳児9人の計20人の園児がプールに入っていた。

「冷房をなるべく使わないA園の方針」によるお昼寝後の午後のプール活動は、「保育士の配置基準(3歳児クラス=概ね20人に保育士1人~)」を満たせば問題ないものとの誤った解釈によって、3歳児のクラス担任からも依頼されて途中まで 5歳児クラスの担任ひとりが担っていました。開始から30分後、もうひとり保育者が増えますが、その 5分後には「滑り台の片づけを開始」していることから、増員時点ですでに保育者の意識は滑り台にあった可能性もイメージされます

「水泳指導であるのか、又は、水遊びであるのか明確に示されて」いなかったそうですが、お昼寝後の恒例である「汗取り」を配置基準内で済ますことこそ目的化していました。さらに「プールに入るかどうかについては、園児の自主性に任せていた」そうですから、保育者が子どもを入水人数だけを基準に見ていたと考えると、そこに年齢差があろうと予定になかった入水してるタイミングで滑り台の片付けを始めてしまうヒューマンエラーを起こしたことも頷けます。

危機管理の計画・準備は個人的な解釈をはさんではいけない

報告書では「この年代の子どもの発達・成長度合いの違いは、同じ年齢であっても月齢だけで大きな差となるもので、年齢が異なる場合には、かなり大きな差となって現れる」ため、「異なる年齢の子どもが、同一のプールを同時に利用することは、原則禁止」と提言しています。朝の登園時間帯や夕方の室内における合同保育であっても年齢差で生じる事故が絶えません。不安定な水中であること、プールあそびで興奮した子どもたちであれば尚の事配慮が必要でしょう。

プールの実施は天候や気温を見ながら「園長や特定の職員が実施を決めるのではなく、保育士が相談し決めていた」ほか、子どもを楽しませたい一心で水かさを増やして滑り台の撤去も担当者間の判断で行なわれました。個別の保育者の経験則や子どもへの思いは大切なものですが、安全は第三者から見ても納得のいく客観性の担保が優先されます。「園長や特定の職員」もふくめて個人的な解釈をはさまない、誰にとっても守ることのできる安全基準をつくりましょう。

プール事故はAED不適応?人工呼吸を躊躇せず行なう

AED を使用したというと一般に「ショックボタンが押された」ものと解釈されますが、正常なAEDの電源を入れて動作させて、AED が解析を行なった結果として『使用の必要ありません』(適応外)と AED からアナウンスがあって、ショックボタンは押せない(無理に押してもパッドへ電気は流れない)状態で『心臓マッサージと人工呼吸』を促されたということのようです。

騒ぎに気付いた0歳児クラス担当の看護師が駆けつける
自発呼吸がなかったため看護師による心臓マッサージ及びAED使用
(AEDは、「使用の必要ありません。心臓マッサージと人工呼吸を続けてください。」とのアナウンス)
(搬送先の埼玉県小児医療センターに記録を提出。作動に問題ないことを確認)
保育士による人工呼吸(マウス・トゥ・マウス)の実施
119番通報:市消防指令センター入電(15時38分)

すべての保育者はこの AED にまつわる出来事を記憶に留めてください。現在、多くの保育施設に AED が設置されています。救命処置において AED は大きな力を発揮しますし、設置してある以上、最適な環境で使用できるよう準備することが保育者に求められます。しかし窒息事故や溺水事故が多い子どもに対して、AED は正常に動いた結果として適応外を示す可能性が高いことが認められています。処置時に AED が「使用の必要ありません。心臓マッサージと人工呼吸を続けてください。」とアナウンスがあっても躊躇なく人工呼吸と胸骨圧迫を実施できるよう研鑽しましょう。

福祉を積極的に増進することに最もふさわしいプールとは

さいたま市のプール事故はどうやら「目を離さないことを徹底して(園長談)」、たまたま 1分間、目が離れたのではなく、そもそも間違った解釈による監視や、10年もの間、事故がなかったことを理由に子どもにとって不完全な手作りプールが使われつづけ、冷房を使わない保育方針を理由に年齢差を考慮することなく午後のプールを実施したことなどなどが重なったことで、子どもの溺水を防止できなかったばかりか溺水の瞬間を見落とす事態につながったと考えられます。

目を離してしまったという反省に終始した事故も、検証によって保育環境の不備や目を離すにいたった事故要因が現れました。保育所保育指針「環境及び衛生管理並びに安全管理」に『イ 事故防止の取組を行う際には、特に、睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中等の場面では重大事故が発生しやすいことを踏まえ、子どもの主体的な活動を大切にしつつ、施設内外の環境の配慮や指導の工夫を行う』とある通り、みなさんが必要な対策を講じてくださることを願っています。

  • 2017年8月11日 埼玉県さいたま市 4歳児 保育所内プールで保育中に溺死
  • 2016年7月11日 栃木県那須塩原市 5歳児 保育所内プールで意識不明搬送
  • 2014年9月8日 岩手県花巻市 5歳児 河川で園外保育中に溺死
  • 2014年7月30日 京都府京都市 4歳児 保育所内プールで保育中に溺死
  • 2013年7月2日 愛知県豊橋市 4歳児 幼稚園内プールで保育中に溺死
  • 2012年8月23日 茨城県五霞町 3歳児 家庭用プールを使用して保育中に溺死
  • 2012年7月20日 愛媛県西条市 5歳児 河川で園外保育中に溺死
  • 2011年7月11日 神奈川県大和市 3歳児 幼稚園内プールで保育中に溺死
  • 2009年8月18日 島根県津和野町 5歳児 小学校プールで保育中に溺死
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代表:遠藤/専門:保育の安全管理・衛生管理/保育事故の対策、感染拡大の予防、医療的ケア児ほか障害児の増加など医療との関わりが深まる一方の保育の社会課題の解決にむけて、保育園看護師の業務改革ほかリスク管理が巧みな保育運営をサポート

-給食事故と溺水対策を考える
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