医療的ケア児の保育の未来にむけて、保育士等は喀痰吸引等研修(第3号)受講を検討しましょう

2019年5月1日

 平成30年度子ども・子育て支援推進調査研究事業として「保育所での医療的ケア児受け入れに関するガイドライン ~ 医療的ケア児の受け入れに関する基本的な考え方と保育利用までの流れ」(みずほ情報総研) が2019年3月に公表されました。その中身はというと、本ガイドラインの「ガイドラインの趣旨・目的」にあるように医療的ケア児の保育が当たり前となる未来を目指して「市区町村の取組を後押しするための」地方自治体に対する政策提言書となっています。

本ガイドラインの第2章「保育所における医療的ケアとは」に「適切かつ安全に医療的ケアを提供することはもちろんのこと、(中略)乳幼児期にふさわしい環境を整えることが求められる」等が書かれてはいるものの、実際の保育現場は看護師の常駐を条件に一足飛びに医療的ケア児の保育が実施されています。
そこで「医療的ケアの提供のための衛生的な環境や安全確保の観点」における保育所職員(保育士等)の喀痰吸引等研修の必要性や園内マニュアルの意義について考えます。

保育所での医療的ケア児受け入れに関するガイドライン
はじめに
すべての子どもを受け入れることをあたりまえにしなければならない

「受け入れる」とは、どういったことを指すのであろうか。まず、同じ場で生活できるようにすることが大前提となる。次に、体験を共有することである。同じ場で生活する中で同じことを体験し、それが自然と共有される。そして、感情を共有することである。同じ場で生活する中で体験を共有し、「楽しかった」「嬉しかった」「悔しかった」「悲しかった」といった感情を分かち合う。最後に、未来を共有することである。(中略)
本ガイドラインは、最初のステップである「同じ場で生活できるようにする」を目指して、日常生活を営むために医療を要する状態にある障害児(以下、医療的ケア児)の保育所での受け入れにあたり必要となる基本的な事項や留意事項等を示すことにより、各市区町村において、保育所での医療的ケア児の円滑な受け入れが図られることを目的とするものである

保育所における医療的ケア児の保育の実施にあたって

 本ガイドラインでいう保育所とは、児童福祉法で定められた「保育を必要とする乳児・幼児を日々保護者の下から通わせて保育を行うことを目的とする施設」(第三十九条)です。
この保育所において医療的ケア児の保育を行なうためには、勤務する看護師においては「医師の指示のもと」で医療的ケアを実施するものとされています。保育士等については社会福祉士及び介護福祉士法に基づく喀痰吸引等研修を修了し、たんの吸引等の業務の登録認定を受ける必要があります。

すでに医療的ケア児の保育を実施している保育所が、保育士等の保育所職員が喀痰吸引等研修(第3号)を受講し、看護師を中心とした十分な環境整備が行なわれてから医療的ケア児を受け入れているかというと、その準備期間もないまま、地方自治体が看護師の常勤をもって保育所への入所を優先させるケースが散見されます。
それだけが理由とは言えないものの、残念ながら保育現場における喀痰吸引等研修の必要性が認知されていない状況にもあります。

保育園看護師をふくむ喀痰吸引等研修(第3号)受講のすすめ

喀痰吸引等研修(第3号)の受講は保育所で保育する特定の医療的ケア児に対して(ひとりひとり個別対応ということ)保育士が定められた範囲の医療的ケアを実施するための基本要件のひとつです。受講しても即座に医療的ケアができるわけではなく、実施にあたっては対象の医療的ケア児に対する医療的ケアについて、勤務施設の看護師から規定回数の指導を受ける必要があるなど手間がかかります。

それでも、本ガイドラインにもあるように医療的ケア児は「0~4歳の医療的ケア児は約6千人、5~9歳の医療的ケア児は約4千人が報告されて」おり、これから保育所における医療的ケア児の入所割合が増えることは自然な流れと考えられることから、未来にわたって安全性を確保しながら医療的ケアと保育が提供されつづけるためには、保育園看護師のみに任せることなく、受け入れと並行して保育所職員の第3号研修受講者を増やし、現場が率先して組織的な取り組みを行なわなければなりません。

平成28年度厚生労働科学研究「医療的ケア児に対する実態調査と医療・福祉・保健・教育等の連携に関する調査」では、社会医療診療行為別調査をもとに、各種在宅療法指導管理料の算定件数の合計値を試算して、0~19歳の「医療的ケア児数」を算出した。それによると、「医療的ケア児」は年々増加傾向を示しており、2013年以降は15,000人を超過していることが示されている。また、NDBデータによれば、0~4歳の医療的ケア児は約6千人、5~9歳の医療的ケア児は約4千人が報告されている。

医療的ケア児の保育と保育園看護師の社会的課題について

ここで話題を少し替えます。
北海道苫小牧市の病院で患者が死亡した問題で、同院の看護師が業務上過失致死の疑いで書類送検されました。苫小牧民報によると「たんの粘り気を和らげる吸入器を看護師が誤って呼吸用チューブに装着。患者が呼吸できない状態」だったそうです。

保育所において診療の補助として医療的ケアを実施すれば同様の責任が伴うと考えられます。思いもしないヒューマンエラーの発生リスクはゼロになることがなく医療的ケアも例外ではありません。(すでに特別支援学校等では医ケア児に対する事故が発生しています)

医療的ケアの実施にあたって何らかのヒューマンエラーが発生した場合、今までのような保育における事故というだけでなく医療事故に発展する可能性とともに、ケアにあたった保育園看護師の業務上過失が今以上に問われる場面も出てくることでしょう。
只でさえ保育園看護師は看護師免許の保持が共通するだけで、保育所の入職にいたる経路や経験値、技能は十人十色です。そうした中で個別に異なる医療的ケアを継続的、安全に実施するかは保育現場に委ねられている状況です。

「苫小牧市立病院、問われる安全管理 職員教育見直しへ」
苫小牧民報 2018/6/19配信
 今月起きた死亡事故は、呼吸のため気管切開の処置を受けていた患者のたんを吸引する際、たんの粘り気を和らげる吸入器を看護師が誤って呼吸用チューブに装着。患者が呼吸できない状態になった。看護師は2分後に異変に気付いたものの、患者は約2時間後に急性呼吸不全で死亡した。この看護師は気管切開の患者に対する吸入器の取り扱い経験がなかったという。

医療事故に対する保育園看護師個人の限界と社会の責任

本ガイドラインにもあるように、児童福祉法における努力義務として医療的ケア児に対する支援体制を積極的に整備するよう位置づけられたものの、同法上に関連して正規に「医療的ケアを担当する職員」として定められている(※)のは児童養護施設および乳児院に勤務する看護師であって、保育所の看護師は同法上で医療職としての業務の定めはなく、「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」における看護師免許を持った保育職だと解釈することができます。

(※)家庭支援専門相談員、里親支援専門相談員、心理療法担当職員、個別対応職員、職業指導員及び医療的ケアを担当する職員の配置について

看護師は、保助看法で診断ほか院外で医行為がほぼできない縛りがあります。
にも拘わらず医療的ケアは医療法一般において明確な定めがなく特定の児童に対する生活援助行為の意味合いが強いことから、保護者と主治医、嘱託医(園医)との連携強化を条件に保育所においても常勤の看護師が診療の補助の一旦として医療的ケアを担うと解釈され、特に定めもなく取り扱われています。看護師が専門性を発揮して医療的ケアと保育を提供するには脆弱な社会環境です。

家庭支援専門相談員、里親支援専門相談員、心理療法担当職員、個別対応職員、職業指導員及び医療的ケアを担当する職員の配置について
第6 医療的ケアを担当する職員
1 趣旨
被虐待児や障害児等継続的な服薬管理などの医療的ケア及び健康管理(以下「医療的ケア」という。)を必要とする児童に対し、日常生活上の観察や体調把握、緊急時の対応などを行い医療的支援体制の強化を図ることを目的とする。
2 配置施設
医療的ケアを担当する職員を配置する施設は、医療的ケアを必要とする児童が15人以上入所している児童養護施設とする。
3 資格要件
医療的ケアを担当する職員は、看護師とする。

医療的ケアと保育の安全な実施に向けた方策

 保育所に看護師が常駐していれば、そのまま医療的ケアを実施することはできます。また看護師以外の職員についても医行為に当たらない範囲の援助は行なえます。
しかし個々に障害の程度が異なる医療的ケア児に「適切かつ安全に医療的ケアを提供する」・「乳幼児期にふさわしい環境を整える」には、形式的なケアに留まることはなく、どのように医療的ケアを提供するか、その周辺部の援助においても保育と医療の両面から専門的な対応が求められることになるでしょう。

医療的ケアは、まず「市区町村に所属する看護師が巡回して行う」・「保育所等を管轄する市区町村から委託を受けた訪問看護事業所や児童発達支援事業所等の看護師が行う」方法も示唆されているように、保育所から自治体に支援・協働を働きかけること、施設内においては「医療的ケア児のケアの内容と教育・保育の方法について、保育所長を中心に担当看護師、主任保育士、保育士等が各々の役割」(※)と指示系統に紐づく責任の所在をマニュアルに記すことが大切です。

(※)神戸市立保育所における医療的ケア実施ガイドライン(兵庫県神戸市こども家庭局)

神戸市立保育所における医療的ケア実施ガイドライン
2.医療的ケア実施関係者の役割
保育所において医療的ケアを実施する際には、保護者、主治医、嘱託医、市(区役所、こども家庭局)が緊密に連携を図る必要があります。また、施設内においては、医療的ケア児のケアの内容と教育・保育の方法について、保育所長を中心に担当看護師、主任保育士、保育士等が各々の役割を十分に意識してかかわることが必要です。
医療的ケア実施関係者の役割は、以下のとおりです。
(1) 保育所
① 保育所長 ~医療的ケアの総括管理~
保育所における医療的ケア児受入れについての総括的な責任者は保育所長になります。保護者や主治医との連絡の窓口になるとともに、保育所内で安全に医療的ケアが実施できるよう職員体制を組織することが必要です。

医療的ケア児の保育が当たり前な未来に向け喀痰吸引研修の徹底を

医療的ケア児の「受け入れのための体制整備」に至っては、地方自治体が児童福祉法における努力義務に従って医療的ケア児の家族について保育の必要性を認定しても、保育所との直接契約によって保育が提供されること、主治医とは家族を通じた間接的な指示が多くなるであろうこと、嘱託医は保育所との契約しだいで関係性が異なること等が医療的ケアのその責任の所在に影響することを考慮する必要があります。
そのため市町村も交えた役割の明確化こそが必須です。

ポイント

保育士が喀痰吸引等研修を受講すると、特定の人だけを対象に医療行為ができる「認定特定行為業務従事者」の資格を取得できます。職員の資格取得後は、都道府県に対して「胃ろう又(また)は腸ろうによる経管栄養」ができる事業者として登録申請することになります。

事業者として都道府県に登録することで、医療的ケアと保育を提供するにあたって公的に責任の所在が明確化すると考えられます。保育園看護師と保育職の知識や役割りのバラつきを組織としてまとめ、医療的ケア児のために、その専門性を十分に発揮できるよう職員の喀痰吸引等研修の受講が望まれます。

医療的ケア児を交えた保育が当たり前な未来に向けて保育所職員(主に保育士)は喀痰吸引等研修(第3号)を調べて必要に応じて積極的に受講していきましょう。

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保育安全のかたち

代表:遠藤/専門:保育の安全管理・衛生管理/保育事故の対策、感染拡大の予防、医療的ケア児ほか障害児の増加など医療との関わりが深まる一方の保育の社会課題の解決にむけて、保育園看護師の業務改革ほかリスク管理が巧みな保育運営をサポート

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