保育事故を SHEL分析で検証する。6つのエラー項目と要因について

2018年5月31日

 認可保育園、認可外保育園で重大事故が発生した際の報告義務化とは、ただ事故の状況説明が求められているわけではなく、再発防止に向けた事故検証が行なわれる際の適当な情報を提供することに目的が置かれています。保育に留まらず、社会全体で子どもの事故・虐待による死亡事例を検証する制度(CDR)の整備が進むことからも重要なテーマと考えられます。

保育事故では事故件数や発生場所のほか、原因物質や傷害の種類などを分類して要因を導く定量分析が一般的ですが、重大事故では、その事故の根底にある要因を深く掘り下げる定性分析の手法が「教育・保育施設等 事故報告様式」に用いられています。今回は指定様式にそって、求められる報告義務を果たすために「 C-SHEL 分析」の要点について解説いたします。

子どもの死亡、検証制度導入へチャイルドデスレビュー
朝日新聞 2017年11月10日
厚生労働省は、事故や虐待などによる子どもの死亡事例を幅広く検証し、再発防止につなげる制度を導入する方針を固めた。「Child(チャイルド) Death(デス) Review(レビュー)(CDR)」と呼ばれ、死亡に至った経緯を詳細にデータ化するのが特徴だ。虐待死や保育現場での事故死など痛ましいケースが後を絶たないためで、2020年度までに具体的な制度設計を終え、導入したい考えだ。

保育施設用 C-SHEL 分析モデルで事故の要因を導き出す

 事故報告には、「目を離してしまった」といった保育者の反省のほか、「マニュアルが(読まれて)なかった」といった原因の記載がよく見受けられます。それは内閣府が指定する「教育・保育施設等 事故報告様式 (Ver.2) 」に、ソフト面の例として『マニュアル、研修、職員配置等』が挙がっているためですが、マニュアルがあるか・ないか、マニュアルを読まないことと事故が発生することに因果関係はなく、実際に十分な改善策も示されてはいません。

子どもと保育者が関わりあっての保育の事故は、子ども自身のひとつの行為や特別な理由だけでなく、子どもを取り巻く複数の要因が影響しあって起きます。保育理念につながる安全に対する方針や保育施設の組織全体の体勢のあり方も背景要因となります。事故の中心人物である保育者個人がインシデントを認識して分析する以外に、保育の責任の主体である組織が客観的に分析する流れをつくり、分析に必要な情報に漏れがないように事実を掘り起こすことが大切です。

分析要素のエラー予測から事故の背景要因を掘り起こす

要因分析で『なぜ、事故が発生するに至ったのか』を掘り起こすためには、どのようなエラーが発生しうるのかという問いから因子を考えます。ソフト面であれば保育を構成するプロセスにおける「ヒューマンエラー」であったり、周辺環境には保育を実施するにあたっての「システムエラー」など、加えて人的配慮においては「マネジメントエラー」が想定されます。

たとえば2017年に発生したプール事故であれば、子どもが入水中に「片付けを優先した」ヒューマンエラーをはじめとして、お昼寝明けの午後に3歳から5歳まで年齢幅のある子どもが一度に入水する状況に体調管理不足の疑念がぬぐえません。ハード面でも水かさの適切さに留まらず、体格差や運動能力差のある19人の子どもが入水することで生まれる水圧の影響だったり、片付けと監視活動に分かれなかった危険性の認識不足に対する組織体勢の不備といったマネジメントエラーをも考慮しなければなりません。単に「目を離した」に収まらない要因の検証が必要です。

保育環境におけるエラーと子どものミスとの違い

 エラーとは、目的に向けて"あるべき状態や仕組み"を損なう誤りを言います。これらエラーに対して、外部刺激を読み誤ってし損なうことを「ミス」といいます。子どものミスは乳幼児期の子どもがモノを認知する段階に密接に関わっています。子どもにとって外からの(内も)情報はあいまいで、不完全で断片的なまま興味・関心に応じて行動してミスが発生します。

保育者は子どものミスに対して教育的配慮から安全指導をします。安全教育は再発防止を目指すために大切な施策ですが、指導を誤ると不完全な外部刺激を子どもに与えたまま子どもの行動だけ正そうとすることと一緒で、保育者が望む結果を得ることは簡単ではありません。適当な改善策を導くためにも子どもにとって適当な外部刺激を与えられたはずの、保育環境で発生したエラーから外部要因を掘り起こしていき、不必要に子どもがケガをする機会を減らします。

SHEL分析モデルの6つのエラー項目と要因について

C-SHEL発生し得るエラー類関わりある因子
ソフト面1. ヒューマンエラー(危険性)1. 保育者の専門性・過失性
ハード面1. マテリアルエラー(危険性と有害性)
2. ケミカルエラー(有害性)
1. 建材・遊具、生活雑貨等の物的環境
2. 衛生管理・中毒性、アレルゲン
周辺環境1. ファミリーインフルエンス(危険性)
2. システムエラー(危険性)
1. 児童の体調管理、個人情報管理
2. 多職種連携(役割分担)・地域連携
人的配慮1. マネジメントエラー(危険性)1. 配置基準・シフト調整、人材育成
関係児童ミス・違反対象児童の特性、クラス運営状況

保育施設用 C-SHEL 分析モデルとは、このあと紹介する田中哲郎氏の「保育園用 K-SHEL 」ほか医療用 P-mSHEL を参考に考案しました(※)。関係児童 (C)、ソフト面 (S)、ハード面 (H)、周辺環境 (E)、人的配慮 (L) の5つの要素について発生しうるエラーの種類をもとに、事故の要因となった因子を洗い出します。それは当事者の子どもにとって最善の利益とならなかった因子ともいえるため、保育の対象となった子どもの特性や、クラス運営の様子を軸に一貫性をもたせます。

一般に SHEL の4つの要素それぞれに何が発生したのか、トラブルがあったのかを探ります。保育施設においては、子どもの最善の利益を尊重して子どもの発達過程や、興味・関心に応じて保育環境をつくっているため、その子どもの発達過程や興味・関心に寄せた活動に対して、4つの要素が、どのように影響して結果として事故が発生したかを考えていくこととなります。

分析要素のエラーの具体的意味と関わりある因子の解説

  • 「ソフト面( Software )」における"ヒューマンエラー"
    保育を構成・実施していく保育者の、主に保育における専門性が欠けていて保育に支障を来たしたり、保育業務における注意するべき基準を満たしえなかった子どもの利益から逸脱するに至った行為等について言います。「マニュアルがなかった」・「研修を受けていなかった」といったマネジメントに関するエラーとは分けて考えます。

     

    たとえばマニュアルの記載通りに行動して結果的に業務に支障を来たした場合等についても、遵守したらエラーが発生するマニュアルに問題があるということであって、システムエラーやマネジメントエラーとしてヒューマンエラーとは区別することが必要です。子どもの発達や発育といった特性に合わない保育(指導)計画を計画・実施することで子どもにケガをさせるにいたったケースなどがヒューマンエラーに該当します

SHEL 要素の異なるエラーが重なり合って発生する

  • 「ハード面( Hardware )」における"マテリアル or ケミカルエラー"
    直接的にモノを介して子どもが不利益をこうむる事故が発生した場合には、廊下や壁といった建材の破損や、室内玩具や園庭にある遊具の使用等を要因としたマテリアルエラーや、施設内感染が発生した場合の衛生管理の状況や、食べ物やハチ毒といったアレルギー発症に関わるアレルゲン等を要因としたケミカルエラーを洗い出します。

     

    ハード面だけに原因を求めないことも大切です。たとえば園外保育に訪れた公園でハチに襲われた場合でも、ハチだけが原因だとはいえません。公園に引率するにあたって事前の下見ができていたかどうか、茂みの多い公園を選ぶにあたって虫等が発生する危険性を予知できていたかどうか、ハチの出現は防げなくても、素早く対処できる準備などができていたかなどソフト面等についても問う必要があります。このようにハード面を検証する際は、ソフト面や周辺環境のほか、人的配慮についても一体的に考えます

個人だけの問題ではなく保育体制のエラーを検証する

  • 「周辺環境( Environment )」における"ファミリーインフルエンス"
    「一人一人の子どもの健康の保持及び増進並びに安全の確保」を図るためには子どもの体調管理が必要不可欠です。緊急事態が発生した直前・直後の子どもの体調だけに目を奪われることなく、感染症の蔓延状況を把握するほか日ごろの生活習慣や、ストレスといった子どもの体調に影響する因子、ファミリーインフルエンスに注目します。
  • 「周辺環境( Environment )」における"システムエラー"
    業務について打ち合わせたものの事故が起きたり、マニュアルに従って実施したにも関わらず想定外の事態に迫られた場合に、そもそもの保育体制を築く仕組みが間違っていた可能性、システムエラーが疑われます。保育における安全の確保は保育者個人の資質のみに頼るのではなく、常に他職種連携による仕組みを見直すことが大切です

配置基準の順守や人材教育など運営管理における問題

  • 「人的配慮( Liveware )」における"マネジメントエラー"
    「教育・保育施設と特定地域型保育事業者は、事故が発生した場合の対応等が記載された事故発生防止のための指針」(危機管理・安全対策マニュアルを整備するほか、職員の研修受講といった人材育成も施すことが子ども・子育て支援新制度において定められています。マニュアルがつくられていなかったり、職員が読んだことがないというのはマネジメントの問題であり、そのようなことのない組織であることが望まれます

     

    先に紹介したプール事故でも、普段の活動における保育士の配置基準で役割が事足りると誤った解釈がなされていたほか、「監視者と指導者の2人で対応する役割分担の認識が不十分」と、マネジメントの不備が明らかになりました。加えて水深が「24cm~66cm」におよぶ大きな傾斜のある手づくりのプール。プールに入水させながら予定になかった滑り台の片づけが実施されるなど、問題点が多かったことが判っています。

K-SHEL / C-SHEL 重大事故の再発防止に向けた取り組み

 SHEL または m-SHEL 分析モデルは、元々は労働災害の発生要因について事故の当事者 L( Liveware:人間)に対する、S( Software:ソフトウエア)、H( Hardware:ハードウエア)、E( Environment:環境)について関係性を分析して管理体制( Management:マネジメント)を考えるフレームワークです。医療用には m-SHEL に「 P( Patient:患者)」を加えた P-mSHEL 、保育の事故については田中哲郎(2011)が「 K:園児」を加えた K-SHEL を発表しています

田中の保育園用 K-SHEL
S(ソフトウエア) マニュアル(保育士カリキュラム、保育手順)
業務の打ち合わせ、申し送り
保育室の使い方、玩具の整理・整頓
新人教育、研修など
H(ハードウエア) 園舎・園庭の構造、固定遊具の構造、
机・いす・遊具の構造、食器のサイズ、形
備品の配置、固定方法など
E(環境) 勤務時間など労働条件
採光、換気、温度などの職場環境など
L(保育者) 心身状態、経験、保育知識・技術、
性格、規則の遵守など
K(園児) 年齢、発育・発達の程度、性格、
心理状態、家族の要因、生活状況など

出典:保育園における事故防止と安全管理

保育事故再発防止のための取組について(内閣府 2014)
1.概要
○ 新制度においては、特定教育・保育施設、特定地域型保育事業者については、運営基準において、
1)事故の発生(再発)防止のための措置
① 事故が発生した場合の対応、報告の方法等について記載された事故発生防止のための指針を整備すること
② 事故が発生した場合又はそれに至る危険性がある事態が生じた場合に、報告・分析を通じて改善策を従業員に周知徹底する体制を整備すること
③ 事故発生防止のための委員会及び従業員に対する研修を定期的に行うこと
2)事故発生時の対応
① 事故が発生した場合、保護者(家族)、市町村に対する速やかな報告を行うこと
② その際、事故発生時の状況、処置等に関する記録をとること
③ 賠償すべき事故が発生した場合、速やかに損害賠償を行うこと
を講ずることとされている(第32条、第50条)。

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保育安全のかたち

代表:遠藤/専門:保育の安全管理・衛生管理/保育事故の対策、感染拡大の予防、医療的ケア児ほか障害児の増加など医療との関わりが深まる一方の保育の社会課題の解決にむけて、保育園看護師の業務改革ほかリスク管理が巧みな保育運営をサポート

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