葉山町保育園の転倒して腹部損傷を負った事故と保育所職員が行なう応急手当の課題について

2019年3月24日

概要

神奈川県三浦郡葉山町の保育園で発生した事故の検証報告書を振り返りながら、子どものケガの調べ方に関する保育者の課題と応急手当をするときに心掛けたいポイントについてお届けします。

本件は子どもの腹部の臓器が損傷したことで出血性ショックが発生しましたが、子どもが「おなかがいたい」とは訴えたものの保育者が確認してもケガを見て取れませんでした。このような事故の子どもの傷病に対して適当な処置で救命するには何が必要だったでしょうか。

保育現場では事故が発生した瞬間を保育者が見ていないことも多いため、子どもが訴える患部や一見して目についたケガに保育者の目が奪われやすい傾向があります。保育者が駆け付けたときの子どもの訴えと実際の傷病が合致すればいいものの、保育者がくみ取り切れないことも少なくありません。目の前の症状の手当てをしながらも、今は見えていないかもしれない、本来なら真っ先に手当てをしたい傷病の存在を疑う姿勢で子どもの全身を調べることが望まれます。

〇平成28年12月13日(火)16時頃、園庭で追いかけっこをしていた6歳男児が園庭と保育室の間にあるデッキの通路上を走り、デッキに置いてあるサッカーゴールの網に足をとられ転倒した。転倒後、保育士が駆け寄り、怪我がないか全身の状態を確認した。本児は意識、受け答えもハッキリしていたが転倒直後のため、室内で安静にしていた。
〇19時過ぎ、容態が悪くなり自宅より救急搬送されたが、翌14日(水)5時12分に搬送先の病院で死亡が確認された。
「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」より引用

検証報告書にみる類似事故の再発防止策のポイント

 子どものケガの調べ方の話の前に「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」について振り返ります。委員会ではまず、本件の発端が転倒事故であったため、当該事故の発生につながった可能性の高い環境構成と、その改善策について以下のように言及しています。
それらは「特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準(平成 26年内閣府令第 39号)」第32条第 1項第 1号及び第 50条の規定にのっとった提言ということができます。

  1. 保育における重大事故等防止
    (1)安全な遊びを保証する環境
  2. マニュアルの整備と活用
    (1)事故対応に関するマニュアル内容
    (2)マニュアルの活用
  3. 職員研修と園児への教育
    (1)職員研修
    (2)園児の安全教育
■ 検証委員会が求める当該事故の課題と再発防止に向けた改善策
(「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」第3章 課題と改善策より)

保育園ではサッカーゴールが置かれたデッキについて「園児に通らないように指導していた」が、日常的に子どもが通る廊下にも関わらず「入ってはいけない場所を作ることに問題」があり、「子どもへの指導や教育にのみ頼るのでなく、子どもが自分の身を守ることは危険回避ができる力が育つことを見通した危険のない環境をつくることが必要」と述べています。そのためにもただ事故予防対策マニュアルをつくるだけではなく使えるマニュアルの運用を求めています

子どもの育ちに必要な怪我などという考え方は捨てる

しかしこの検証報告書には残念なことに「本来、子どもは怪我をして育つもの」という記述があります。
子どもは遊びから学ぶとはいうものの、そもそも子どもとはあそぶために遊ぶのであり、あくまで学ぶことは子どもにとっては結果でしかありません。まして怪我とは子どもの心身にとっての損傷でしかなく、子どもが怪我から学んだり、子どもの育ちに必要な怪我などというものはありません。そこを誤ると事故予防対策マニュアルも誤ったものとなってしまいます。

「園児がどのような危険行動をとるか」十分な予測を行ない、段階的に「子どもが自らの身を守ることの大切さを理解できる」ような「環境整備や保育士の働きかけ」は忘れてはなりません。そうしていても子どもはあそびに夢中になって気をつけていても失敗をします。失敗によって大きな怪我をすることで将来の子どものチャレンジが損なわれないように、「子どもが安全に過ごせる場であり、保護者が安心して子どもを託せる場」となるように務める必要があります。

転倒事故の概要と保育所職員の初期対応のあり方

子ども合計68人を6名の保育者が見守っていたとのことですが、被害児童が転んだ瞬間は職員の誰もが見ておらず、また保護者へのヒヤリングによるとアルバイト職員が中心となって園庭の見守りを担当していたとあります。そして事故が発生したのはクラスごとの活動を終えた「16時ごろ」の合同保育がはじまったばかりの時間でした。同様に夕方に差し掛かった時間帯におけるパート職員が主体となった活動では、全国的にも重大事故の発生が多いことが判明しています

11時間という長時間保育が求められる中、一部の保育者のみですべての時間帯における保育を実施することは不可能であり、正職およびパート・アルバイト、そして派遣といった非正規職員が一体となって質の底上げを行ない長時間保育を成立させる必要があります。
「アルバイト保育士など、色々な保育士とマニュアルに沿って情報共有がなされなかった。園長の指示待ちのところがあった」部分については本件に限らずどの保育施設にとっても見直しが必要と言えます。

見てなかったと子どもの「大丈夫」や思い込みで動かない

ここからは事故発生当初の保育者の対応について見ていきます。
「デッキに置いてあるサッカーゴールの網に足をとられ転倒した」ところに保育者二名が駆け付けて、「本児に身体の痛いところ、ぶつけたところ無いかの声掛けに本児は『大丈夫』」と返したものの、「ねむい」と言って寝転がる仕草までを見せたといいます。子どもが疲れを見せても不思議ではない時間帯のため、その様子に眠さからフラ付いて転んだかのように保育者は受け止めたかもしれません。

本件は保育者が子どもの転倒の瞬間を見てはおらず、外見からお腹にアザ等を見つけられなかったようですから、この時点で腹部内出血を見つけることは不可能でしょう。とはいえ「大丈夫?」と尋ねられて「大丈夫」と答えた子どもの言葉と、見ていなかったにも関わらず目に見える範囲のケガ探しのみに意識が向きすぎました。

あらゆる可能性を疑う姿勢で子どもの様子が確認できていたら、この「ねむい」という訴えは違ったものに聞き取れていたかもしれません。

「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」より引用

経過観察を念頭に置いた報連相の必要性について

報告書では被害児童が眠い・寒いと訴えた時点で「転倒した時に腹部等を打ったことを考えて」受診を検討した方が良かったと結論付けています。保育者の報告からは見た目にケガもなく、子どもの受け答えがしっかりしていたことから転倒による被害はないと結論づいており、眠い・寒いの訴えは転倒による影響とは別の感染症疑いと結びつけました。それはそれで間違いとはいえない大切な対応ながら、乳幼児に対するもう一歩踏み込んだ専門技能の実践が望まれます。

保育施設の事故は本件に限らず転倒や転落による臓器損傷があるほか、打撲だと思われたが未確認箇所に骨折があったという事例も珍しくはありません。乳児・幼児は発育および運動面からも身体的損傷を回避する能力に乏しく、直接的な患部以外にも複数のケガを負う可能性は高いと考える必要があります。事故発生時の瞬間を見ていたとしても、まして見ていなければなおのこと、見えない損害もふくめた複数個所の傷害を疑いながら体を観察する必要があります。

出血性ショックで呼吸・神経・循環に現れる症状とは

出血性ショックにいたる過程においては血圧が低下することで酸素不足に陥ります。眠い・寒いという訴えは、もうろうとしてきたり、手足が冷たくなっていく感覚の子どもなりの表現だったとも考えられます。駆け付けた時点から呼びかけに受け答えする子どもに対するあらゆる可能性を想定しておき、継続して観察することを念頭において報連相を重ねていたら、保育者が「いつもと様子が違う」と感じた違和感が生かされて受診する決断に至れたかもしれません。

事故発生時は子どもから出来事を聞き取ることや目に見えるケガを探す以前に、まずは呼びかけた時点で常に反応と呼吸の確認を意図して行なうことが大切です。返事はしたが、いつもと比べると何か違う?(何か違うのは、どこか挙動が不審だから?声が震えていたり、少しつっかえていたり、何か呼吸が早そう、力みすぎているかのように苦しそう。ほかにも目がうつろだったり顔色がわるいからだ)などといった、ケガの影響によって現れる異常性を見てとります。

「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」より引用

葉山町保育園の転倒事故の再発防止に向けて

本件は仮に保育者の見立てに間違いがなく、ケガはなくて感染症疑いだったなら対応に不備があったとは言い難いでしょう。しかし事故発生時の瞬間を見ていなかったにも関わらず、保育者の誰もが被害児童に及ぼす最悪な事態について意識ができておらず、繰り返し観察を行ないながらも、その場限りの見立てのみに留まり、症状を振り返って変化がないかを確認したり、時間経過にともなう悪化を想定した報告・相談ができていなかったなどの課題が挙げられます。

検証報告書にあるように職員研修は必要ですが、類似事故は心肺蘇生法の練習を主とした一般的な救命講習の受講だけでは対応できません。またマニュアルに形式的に対応手順を記載するのも改善には不十分です。保育者の応急手当の目的はケガや病気を治すことではありません。傷病がもたらす子どもの心身への影響を留め悪化を抑えることです。各々の傷病に何をするかではなく、傷病がもたらす影響をイメージできて、どのように対応するかを学ぶことが大切です。

3.職員研修と園児への教育
(1)-1 研修の実施
●課題(中略)
▲改善策
職員のスキルアップや若手保育士へのフォローと育成が必要である。事故や怪我を想定した園研修や予告なしの避難訓練を行い、職員の意識を高める。他園の取り組み事例を調査し、それらを参考にした研修をする。
日頃から職員に対し、医療従事者から園児の安全教育、感染症、怪我などに関する研修を行い、怪我や病気に対して意識を高めるようにする。
「葉山町特定教育・保育施設等重大事故検証委員会 報告書」より引用

保護者とのコミュニケーションはじめ安全対策を見直す

被害児童は本件以前にも鎖骨骨折を負っていて、「その後の治療に保護者は時間も労力もかかり児童は身体的・精神的苦痛を味わった」ことで不満を抱いていたこともあって、本件についても保育園に対して不信感を持ったようです。保育施設そして保育者には説明責任が伴います。説明責任とは真摯に謝罪するだけでなく、お相手(本件ではご遺族)にとって聞きたいことがお相手に伝わる形で、お相手が納得できるように客観性をもって説明をすることが求められます。

重大事故に限らず園児が何かしらケガを負って苦情がくる流れが全国的に増えています。保護者とはうまく関係を築けているものと保育者が考えていたら、普段は、保育者からの発信が一方通行だったりしても互いに気にならないほど必要最低限の関りであっただけで、子どものケガをきっかけに一気に噛み合わない関係性が露出します。こうした保護者対応をはじめ、環境整備や保育体制の在り方、そして応急手当の行ない方にいたるまで本件に学ぶ事柄は数多くあります。保育関係者の方はぜひ一度、本件に自らの保育を照らして類似事故の再発防止にお努めください。

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保育安全のかたち

代表:遠藤/専門:保育の安全管理・衛生管理/保育事故の対策、感染拡大の予防、医療的ケア児ほか障害児の増加など医療との関わりが深まる一方の保育の社会課題の解決にむけて、保育園看護師の業務改革ほかリスク管理が巧みな保育運営をサポート

-事故報道から再発防止策を考える
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