人口動態統計をみると、0歳児が亡くなった理由の7割~8割が窒息です。保育現場だけでも、「息ができない」ことで亡くなる事故が毎年のように繰り返されています。それはうつぶせ寝による突然死以外にも、食事中など、何気ない日常のひとコマで見られます。
食べ物がノドに詰まって窒息した場合、背中をつよく叩く方法(背部叩打法)が、よく知られています。0歳時はカラダが小さいので、衝撃からカラダを支えるように抱えます。
この、子どもの首を支えたままの腕の上に、その胸とお腹まで乗せて背中を叩く(写真は仰向けにしての胸部突き上げ法)、0歳時の気道内異物の除去について、適当な練習を行なっていただくポイントと、保育現場で安全に行なえる方法についてお届けします。
乳児の窒息事故は逆さづりで背中を叩いてはいけない
昔は、足首をつかんで乳児を逆さづりにして、背中を叩いてノドに詰まったものを吐かせる方法が、正しいと信じられてきました。しかし今は、動画で見た通り、激しく頭が揺さぶられて、子どもが首を痛め、子どもの脳を揺らして、たとえ窒息からは命が助かっても、子どもが機能障害を残す可能性の高い危険な方法だと見直されました。
背中をやさしくトントンしたのでは、重い窒息状態に対して全く効果が出ません。ここから動画でご紹介していくやり方こそ、子どもの頭や首を損傷させずに、安全に強く背中を叩くための方法です。保育現場では、まだまだ知られていないケースが散見されます。
・男、1 歳 0 か月
・状況:ひと口大のビスケットだったので、そのまま皿に乗せて提供。口いっぱいに入れ、苦しそうにしていた。
・対応:(保育者が)逆さにして背中をトントンした。
出典:保育所におけるリスク・マネジメント ヒヤリハット/傷害/発症事例報告書(兵庫県・公益社団法人兵庫県保育協会)監修 掛札逸美
食事による窒息と溺水の窒息の違いを知る
具体的にご説明する前に、食べ物が詰まる気道異物の窒息と、溺水による窒息の対応の違いについて触れます。両者ともに、「呼吸が阻害されることによって血中酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇して、脳などの内臓組織に機能障害を起こした状態」(出典:日本気管食道科学会)になりますが、事故後の対応は大きく異なります。
保育現場で子どもが溺れる事故が起きると、救出時に「背中を叩いた」という報告が数多く見受けられます。「窒息事故には背中を叩く」対応方法が形ばかりのものとして伝わっている結果ですが、溺水事故で背中を叩く行為は全くの時間の無駄といえます。
溺水事故は緊急通報と心肺蘇生を素早く行ないます
背中を叩くのは、気道につまった固形物を出すために行ないます。溺水による窒息は、きっかけとしては液体が気道をふさぐことで起こりますが、ノドに痙攣が起こって、思うほど液体を飲んでいなかったり、体内に吸収されて背中を叩いても液体は出てきません。
例えば、たくさんの水を飲んだお腹を力強く押したら、口から水が噴水のように吹き出すのは漫画だけで、お腹を押したら嘔吐して状態が悪化するだけです。そのため無理に出すことよりも、機能低下(※)した肺と心臓の動きを補助して、脳に酸素を送ることが優先され、兎にも角にも119番通報と、人工呼吸をふくむ心肺蘇生法を行なうことが必要です。
※【溺水】B)病態生理
1)溺水には淡水によるものと海水によるものの2種類があるが、共に肺内ガス交換不全による低酸素血症と組織アノキシアによる代謝性アシドーシス(呼吸性アシドーシスが関与することもある)が特徴。
淡水の場合、肺の界面活性物質(surfactant)を破壊し、肺胞を障害することが原因。一方、海水では海水が高浸透圧のため(3.5%食塩水に相当)、血漿が肺胞へ漏出するため高度の肺水腫をきたす。
出典:【窒息・溺水からの生還のプロセス】日本海中技術振興会(JCS)
次は、子どもの首を支えたままの腕の上に、その胸とお腹を乗せて背中を叩いたり、やはり腕の上で仰向けにして胸を突き上げる方法について、赤ちゃんマネキンで行なった動画を見ながら、適当な練習のポイントを解説していきます。
乳児の食事による窒息事故に対する練習方法
安全に0歳児の気道に詰まった異物を出すためには、下あごを支えて首を固定し、子どもの頭を低くして背中を叩く必要があります。上の動画では、背部叩打法と胸部突き上げ法について、できる限り早く交互に繰り返すことを一番に意識して行ないました。
反応ある乳児に対して、背中を強くたたく方法(背部叩打法)
・乳児をうつぶせにし、その下側に腕を通す。
・指で乳児の下あごを支えて突き出し、上半身がやや低くなるような姿勢にする。
・手の付け根で両側の肩甲骨の間を4~5回迅速にたたく。
反応ある乳児に対して、胸骨を圧迫する方法(胸部突き上げ法)
・背部叩打法で除去できなければ、あおむけにし、胸骨圧迫の要領で、4~5回圧迫する。
・2本指を乳児の両乳頭を結ぶ線と胸骨が交差する部分より少し足側におく。
出典:STOP!子どもの「窒息・誤飲」(東京消防庁)
しかし抱えているのが人形ではない生身の子どもであったら、子どもの個体差、体重やカラダの動きを考えたとき、腕に乗せるという方法は、落としたり、乗せることに手間取って不必要な時間がかかったり、し損なう可能性を高めているようにも感じます。
腕の上で乳児の背中を叩くメリット・デメリット
腕の上に乳児を乗せるメリットは何でしょうか。背中をつよく叩く衝撃から、首が座りきっていない乳児の頭を守りながら、乳児の前後を挟み込むことで首とカラダを一体的に固定して、うつ伏せ、仰向けを効率よく繰り返すことができるためと考えられます。(動画)
上記の形態で一番、苦労するのは子どもの脚の取り回しだろうと想像します。棒か何かでもついているかのように、安定を保つために脚を脇に挟み込むような指導もありますが、乗せる段階で、自身の方へと子どもの脚を向かせた状態の取り回しには、たとえば抱っこひもを使って、抱えるときに手間取るのと同じ様子が想像されます。
子どもの生身の感覚を想像しながら窒息解除を練習する
少なくとも初期食が食べられるようになった0歳児に対して、マネキン相手であるかのように、スムーズに腕の上に乗せられる状況があるのだとしたら、気道内異物の除去はできても、脳への酸素供給という意味では、すでにタイミングが遅いのかもしれません。
以下の動画では、最初の動画に比べて、人形より重い子どもの体重を感じながら、腕だけでなく、大腿(太もも)も使いながら、全体重を支えるようにして体位変換を行なっています。また、脚の動きも想像しながら、安全にコントロールすることを意識しました。
安全な乳児の食事による窒息解除の方法とは
突然の事故に出くわすと冷静ではいられません。もし発見した保育者が慌てていても、安全に「子どもの頭を低くして、安定して背中を叩ける」窒息解除の方法として、以下のような保育者自らの大腿(太もも)を有効に使った方法の練習もお勧めします。
子どもの首を固定した状態で、大人の二本の大腿の上に直接、垂直(横抱き)に横たえます。腕の上に乗せることに比べると、子どもの脚の取り回しを気にせずに、安定した状態で素早く開始できます。次は腕の上でのメリットも忘れないように体位変換を行ないます。
救命マネキンに生身の子どもの姿を重ねて練習する
腕の上で体位変換するメリットは、背中を叩いたあと、子どもの頭と首、カラダを一体的に固定したままスムーズに仰向けにできることでした。大腿(太もも)に子どもの体重を預けて、頭とカラダを一体的に返すことを意識して、腕で引き寄せながら返します。
大腿に子どものカラダを預けながら、カラダを一体的にひっくり返すことを意識することで、狭い大腿の上でも落とすことなく、大きな力に頼ることもなく安全に行なえます。なにより救命マネキンに生身の子どもの姿を重ねて練習することが大切です。
保育現場で本当に子どもを救える力とするためには
マネキンに向かって形ばかりのものとして、やり方を覚えたのでは、保育現場では思うようにできません。乳児が食べている椅子には机もついていて、抱きかかえようとしたら、カラダを抜き出せずに保育者がパニックになったケースもあります。
集団保育であれば、ひとりのお子さんの応急手当以外に、ほかの子どもの安全にも配慮する必要もあります。目の前の保育環境で実際に覚えた通りのことが本当にできるか、イメージをたくましくすることが、子どもの命を救うことにつながります。