熊本県南小国町の保育園でもちつき行事を通じて集団食中毒が発生したように、全国でノロウイルスの大流行が危ぶまれています。国立感染症研究所によると、過去10シーズンで最も流行した2012年のピーク時に迫る勢いだとのことです。中でも感染が報告された保育施設の数は、ほかの施設を圧倒しており、具体的な予防対策が求められています。
感染予防には、手洗いとうがいが最も有効なことが知られています。集団保育を行なっている保育施設では一緒に生活する職員や子どもの中に、すでに「不顕性感染(無症状)」の人間がいることを想定することが望ましく、子どもの手洗いやうがいの教育もふくめて『点ではなくて面でとらえた』感染予防の仕組み化を行なっていくことが大切です。
「不顕性感染」:細菌やウイルスなど病原体の感染を受けたにもかかわらず,感染症状を発症していない状態をいう。(中略)不顕性感染の人はしばしば保菌者(キャリア)となり,病原体を排泄し感染源となる可能性が高いので疫学上問題となる。
出典:日本救急医学会・医学用語解説集
ノロウイルスの大流行と保育施設の潜伏期対策
集団生活でもっとも警戒しなければいけないことは、大人も子どもも関係なく、感染していることに気づかない無症状の人間が集団の中に混ざっている可能性です。ひとつは感染してから発症するまでの潜伏期の状態にある人。そして無症状の「不顕性感染」状態にある人の存在です。放置されると、一気に大規模感染につながることも少なくありません。
ノロウイルスの潜伏期は、1日~三日程度で短いと数時間で発症しますが、感染していても無症状の人がいたり、短い潜伏期にも、本人すらも気づかず普段通りの生活の中で周囲に感染を広げます。その結果、ウイルスに免疫が低くて体がよわい人から症状が出ます。最初に症状の出た人が、そもそもの感染もとではないので発生後対応は手遅れとなります。
症状がない場合でも、感染者のふん便には1gあたり 100 万 個程度のノロウイルスが含まれています。ノロウイルスは 100 個程度で感染、発病するため、わずかなふん便、おう吐物により、集団発生することになります。
出典:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル及び今後の課題(内閣府:食品安全委員会)
保育者がノロウイルス感染の媒介者にならないこと
潜伏期や不顕性感染の人は知らず知らずに手指や着衣にウイルスを付着させていることが多く、そのまま周りのモノや人に触れることでウイルス感染を広げます。それに加えて保育者は子どもの日常の援助のために、一日を通して自ら子どもに触れつづけます。保育者の存在は自分が感染者になるだけじゃなく、周りに広げる媒介者になる恐れももっています。
特に保育施設内の食事における集団感染(食中毒)が起きるときは、すでにウイルスにまみれた食品を外部から持ち込んでしまう可能性よりも、調理や盛り付け、そして配膳をする過程に関わる調理員や保育者が、もともとの感染者としてウイルスを広く媒介する確率の方が大きくなります。感染者および媒介者にならないための対策は最重要課題です。
子どもや職員の手洗いとうがいを仕組み化する
潜伏期や無症状の不顕性感染を見分けることはできません。しかし保育者は保健衛生でも「注意義務(子どもへの危険を予知し、危険を回避する義務)」にのっとった予防ためのの仕組み化が求められます。感染は決してゼロにはできませんが、減少させる対策によって、実際に嘔吐や下痢が発生しても、発生源が特定しやすくなって改善にもつながります。
感染する状況を見分けることができない中でも無理をせず、そして効果が発揮できる対策は、やはり手洗いとうがいを徹底することです。しかし、やると効果があるから、がんばってやるという保育者個人の資質や努力に頼った施策ではなく、可能な限り効果を引き出して、継続していくことができるように手洗いやうがいを仕組み化することが大切です。
手洗いを仕組み化するには活動を分割して段取りをする
一般には野外に出かけた場合などに、ウイルスを持ち帰らないために手洗いやうがいを行ないます。それが点の考え方です。しかし保育施設では、すでに感染源が内部に存在すると想定します。すると行動と行動のつながりの先にもたらす影響を考えることが求められて頻繁に手洗いやうがいが必要になります。それが点から面で予防をとらえた考え方です。
「○凸×をしたら手洗いをする」などと漠然とした行動目標を立てるだけでは、忙しさで後回しになったり、雑然として効果が低くなります。そうならないためにも「○凸×をする」活動が、どのようなつながりで成り立つか細かく分割します。つながりの先に感染する危険性があれば、間違いなく手洗いをする段取りをひとつひとつ組み込んでいきましょう。
ノロウイルスの症状発生時の初期対応について
以上のように予防に努めたといっても、実際に嘔吐や下痢が発生した場合の感染力は言うまでもなく大きなものです。事態を速やかに鎮めるためにも吐物や便に対して適切な処理をすることはもちろん、集団保育としての環境を考慮した発症時対応に力を注ぎます。特に以下の記事にも書いたように、応急手当における初期対応を見直していきましょう。
中でも嘔吐した場合は、ノロウイルスが広範囲に飛散する可能性を考えて周りの子どもへの飛沫感染を想定します。さらに吐いた子どもの窒息事故も起きないように迅速な行動が求められます。対応時には、まず吐いた子どもを周りの子どもと離してから処理することを考えるのではなくて、反対に周りの子どもを移動させてから処理することをおススメします。
ノロウイルスによる飛沫感染とは、ノロウイルス感染症を発症している患者の吐物や下痢便が床などに飛び散り、周囲にいてその飛沫(ノロウイルスを含んだ小さな水滴、1~2 m程度飛散します)を吸い込むことによって感染する場合をいいます。
出典:ノロウイルス感染症とその対応・予防(国立感染症研究所)
飛沫の飛散と接触感染エリアを極力小さくして感染経路を断つ
子どもが吐いたら、吐いた子ども自身の様々なところにもウイルスが飛散・付着しています。吐いた子どもをその場に留めた方が後々の接触感染を防げます。子どもが複数人固まって遊んでいる中でひとりの子どもが吐いたような場合でも、吐いた子どもだけでなくて塊で残します。最も感染する確率が高く、広げる可能性をもっていることを忘れてはいけません。
誰でも子どもが派手に吐いた吐物に対して触らせないように意識が向くものですが、集団感染の防止には見落としてもおかしくない小さな飛沫にこそ注意を向けなければいけません。飛沫が飛んだ可能性を考えて、効率よく感染経路を断てる段取りを考えることが大切です。
吐いた子どもの呼吸障害の変化を見逃さない
吐物の処理方法はよく知られているので、最後に吐いた子どもの応急手当のポイントをお伝えします。集団保育におけるノロウイルスの注意点を書いたものの、嘔吐したその場でノロウイルスだと決めつけることは危険です。特に食中毒によって吐いた場合は、ウイルスの感染以外にフグ毒や薬品といった中毒性のあるものを食べた危険性もあるためです。
中毒性のあるものを食べた場合は、症状が出てから短時間で重篤化することがあります。協力しあって感染経路を断つ算段が立ったら、第一に吐いた子どもの呼吸に注意しましょう。吐き戻しで詰まらせていないか、呼吸障害を起こしてしまわないか、呼吸の変化を見落とさないようにします。吐きようによっては緊急通報を遠慮しないことも大切です。
負担を減らし予防効果を高めるために日ごろから準備をする
手洗いやうがいを仕組み化するときは、トイレや手洗い場の小まめな殺菌・消毒も忘れないようにしたいですし、子どもが嘔吐したようなときにも人手はいるし作業時間もかかります。都合上、諦める保育施設もあるかもしれません。できる限り負担を減らして予防効果を高めるためには、発生時の対応といっても、やはり日ごろからの段取りが大切になります。
ノロウイルスの感染力を考えれば、吐物を処理した保育者は全身を着替えて、対応後の保育に臨むぐらいの気構えをもつことも決して大げさではないほど、本当にやっかいなノロウイルスですが、感染者がひとりでも少なく過ごせることを願っています。
保育園餅つきでノロウイルス 熊本、52人が症状訴え
熊本県は12日、同県南小国町の保育園の園児18人を含む52人が吐き気や下痢などの食中毒症状を訴えたと発表した。うち5人からノロウイルスが検出された。
県によると、9日以降、0~89歳の男女52人(男性19人、女性33人)が症状を訴え、うち15人が医療機関で受診した。重症の人はおらず、全員が快方に向かっているという。
この保育園では8日、餅つき大会が開かれた。園児や園の職員に加え、園児が持ち帰った餅を食べた家族にも症状が出たことから、県は餅が原因の食中毒と判断した。(大畑滋生)
出典:朝日新聞デジタル(2016年12月12日20時36分)