心肺蘇生のやり方が、日本版蘇生ガイドライン2010を土台とした普及プログラムへと更新されました。これまでは開始当初に「人工呼吸(補助呼吸)を2回」行なったあとに胸を30回押す手順でしたが、その人工呼吸より前に、胸を押しはじめるように改訂されました。
発見して、少しでも早く蘇生術が行われれば、命は救われる可能性が高まり、さらに元々の元気な姿で日常生活に戻れる可能性も高まります。発見者や周りの人間が、できる限り遠慮や気後れすることなく、心肺蘇生を始めてもらえるようにすること、それが呼吸より先に、胸を押すことが強調されるようになった大きな理由のひとつです。
蘇生ガイドライン2010で心マッサージが強調された背景
保育施設でも、残念ながら子どもの死亡事例が出ています。死亡に至らないまでも、重大な負傷を招いた事故も起きている中で、事故件数に対して、救急隊が到着するまでの間に、その場でできる適切な応急処置が行なわれたケースは、まだ非常に少ないと言います。
保育施設に限らず、街中で心肺蘇生が行われない理由には、知らない人の口に触れるのに抵抗があったり、上手く息が吹き込めるか不安といった、最初の動作である人工呼吸に躊躇することで、その後の行為もふくめて、動揺して何もできなくなってしまうからです。
保育施設における事故報告集計(報道資料より)
平成21年12月から平成22年12月の間に報告のあった、保育施設における事故報告を取りまとめました。
○報告件数は50件。うち認可保育所が38件、認可外保育施設が12件。
○負傷の報告は38件あり、そのうち4歳が最も多かった。
○死亡事例は12件あり、そのうち0歳が最も多かった。
○発生場所は、保育室等の室内が最も多い。
http://www.mhlw.go.jp/ 厚生労働相 雇用均等・児童家庭局保育課
心マッサージで血液を巡らせて脳に酸素を届けます
心臓が動かないことには血液がカラダ中に巡ることはありません。そして血液がカラダを巡らなければ、酸素や栄養源が脳など大切な臓器に行きわたらずに人間も動物も亡くなってしまいます。何をおいても傷病者の胸を押すことの重要性は理解できると思います。
目の前で倒れて意識を失う過程を見た、または発見された傷病者が大人であった場合は、真っ先に胸を押すこと、そして特に心肺蘇生の訓練を受けていない人については、人工呼吸はしなくてもいいから、救急隊が到着するまで胸を押すことが定められました。
子どもの呼吸原性心停止を理解しよう
日本版蘇生ガイドライン 2010では、大人が傷病者であっても子どもが傷病者であっても、心肺蘇生法の手順が統一されています。しかし心肺蘇生の手順とは別に、大人と子どもとでは心停止に至る過程が違うことについて、保育者として理解しておくことが必要です。
小児・乳児の心肺停止の原因としては、心停止が一次的な原因になる(心原性心肺停止)ことは少なく、呼吸停止に引き続いて心肺停止となる(呼吸原性心肺停止)ことが多い。
JRC(日本版)ガイドライン2010(ドラフト版)
「心停止が一次的な原因になる」とは、要するに、ドロドロ血が体内を巡って、動脈硬化や心筋梗塞(※)によって、あるとき突然、心臓が動きを止め急に倒れるような状況を指します。これが、年を経て血管や心臓を動かす筋肉に柔軟性がなくなる大人に多く出ます。
※ 冠動脈の血管壁にコレステロールがたまり、動脈硬化が進む/(中略)/冠動脈がさらに狭くなって「完全にふさがって血液が通じない」ままになりますと、その部分の心筋細胞が壊死して、症状も長時間続く//状態を急性心筋梗塞症と呼びます。
http://www.ncvc.go.jp/ 国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス
子どもは大人のミニチュアではないのは事故も一緒
そのような大人に対して子どもは、生まれもって血管や心臓の病気を患っている場合や、心臓や血管に対して大きな負担がかかる重大事故が起きない限りは、生活を通じて呼吸より先に心臓が止まるようなことはありません。子どもは小さな大人ではありません。
特異的な事故によって、呼吸停止に引き続いて心肺停止となる、子どもの『呼吸原性』において、胸を押すだけでなく人工呼吸を加えたほうが、命が助かり元気に回復する可能性が高まる理由については、次のような医科学的に研究された結果に基づいています。
日経メディカル2010年7月号「トレンドビュー」(転載)
小児には人工呼吸も重要
市民による心肺蘇生法のピットフォール国内における成人の心停止患者では、心室細動など心原性の心停止が約6割を占めるものの、小児では約7割が呼吸原性など非心原性の心停止が占めているからだ。胸骨圧迫のみの心肺蘇生法では、呼吸原性で心停止した小児の救命率が下がる事態が危惧される。
今年3月、この懸念を裏付ける新たな研究結果がLancet誌に発表された。05~07年に全国で院外心停止を起こした1~17歳の小児を対象にした観察研究で、従来法と胸骨圧迫のみの心肺蘇生法を比較。心原性の心停止(440人)では1カ月後の生存率や神経学的予後に有意差はなかったが、非心原性(1004人)では従来法が胸骨圧迫のみの心肺蘇生法よりも生存率や神経学的予後を大幅に改善することが分かった(表1)。研究を行った石見氏は、「小児では非心原性の心停止が多く、人工呼吸が有効であると分かった意味は大きい」と話す。
http://medical.nikkeibp.co.jp/ メディカルオンライン
保育の事故は人工呼吸が必須と考えましょう
毎年、プールあそびで溺水、午睡中の窒息など息ができずに命を失う重大な事故が幼稚園でも保育園でも起きています。その他にも玩具を口に入れる、食事中にノドに詰まらす事故は日常的に起きています。その中には呼吸は止まっていても、気道確保や人工呼吸をしたことで、意識を取り戻して回復したケースが数多く報告されています。
日本版蘇生ガイドライン2010について言えば、保育者など日常的に子どもと接していて、子どもの事故に関わる可能性の高い一般市民について、できる限り救命講習を受けることを促しています。特に子どもの蘇生に対しては、胸を押すだけではなくて、準備ができしだい人工呼吸も一緒に行なうことが望ましいと考えられています。
CPRは胸骨圧迫から開始する。一方、小児の心肺停止症例においては人工呼吸の有効性が明らかである。したがって、小児のCPRにおいては、準備ができしだい早急に人工呼吸を開始することを強調した。
JRC(日本版)ガイドライン2010(ドラフト版)
子どもの命を守る心肺蘇生の複数の引き出しを持ちましょう
子どもと日常的に関わる保育者においては、心肺蘇生とは胸を押すだけでいいと表面的になぞるだけで終わらず、保育の事故と子どもの事故の呼吸原性について知り、訓練を十分に受けた上で、状況に応じて、人工呼吸を行なわない「選択」ができることを願っています。